幌尻岳 (2052m) 戸蔦別岳(1959m) 北戸蔦別岳(1912m) ヌカビラ岳(1808m) 七つ沼カール (日高) 2005.8.10(水)〜11(木)
幌尻岳は日高山脈の盟主、最高峰。
アイヌ語で「ポロ・シリ」は「大きい・山」だそうです。
氷河時代の名残でもあるカールを三つも持ち、周囲の山々を睥睨するかのような大きな山容はまさに日高山脈の盟主に相応しいものでしょう。
幌尻岳に登るルートとしては、糠平川の上流に建てられた幌尻山荘を基点として北カールの西側を巻くようにして登るルートと六の沢出合から戸蔦別岳を経由するルート、幌尻沢から南側の稜線を登る新冠コース、二岐沢からヌカビラ岳・北戸蔦別岳を経由して登るルートが一般的なようです。
幌尻岳の北カール、東カール、七つ沼カールの三つのカールはどれも大きく立派ですが、特に七つ沼カールは多くの花々と雪解け水を湛えていている七つの沼が日高山系第一の美しさであると評判です。
あの深田久弥さんは北大山岳部の諸君達と新冠川を遡り、七つ沼カールに登りつき、その美しい風景に巡り合っています。
今回幌尻岳を訪れるに当たって、私はチロロ川の支流二岐沢から二の沢を遡り、ヌカビラ岳、北戸蔦別岳、戸蔦別岳を経て登るルートを選択しました。
それは、この六月に1967峰を訪れた時、伏美岳から1967峰を経て北戸蔦別岳、ヌカビラ岳、二岐沢へ歩く計画だったのですが、体調不良の為1967峰で引き返しました。
この時断念した、北日高の中核部分とも言える山々を是非歩いてみたいと思ったのが理由の一つです。
もう一つの理由は、幌尻岳登山の中心基地とも呼べる「幌尻山荘」の利用を遠慮したかったからです。
御存知のように、幌尻岳は百名山ブームをやらで道内外から大勢の人達が訪れています。そのこと自体は喜ばしい事なのかも知れないのですが、僅か定員50名程度の山荘に毎日定員を大幅に上回る人達が押し掛けているそうです。
その結果、オーバーユースとなり当然ながら環境破壊が凄まじい勢いで進行しているのです。
抜本的な解決策ではありませんが、それを少しでも解消しようと今年も8月13・14に有志の皆さんによる山荘のウンコ担ぎ下ろしが行われます。
と言う訳で、幌尻山荘が嫌いなのではなく、そのような環境破壊の一翼を担うような真似だけはしたくないと強く感じているからなのです。
それにヌカビラ岳から戸蔦別岳に至るカンラン岩地帯特有の花々に出会うのも楽しみです。
第1日目 (曇り、ガス)
神秘的な美しさの七つ沼カール |
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8.9(火)の夕方自宅を出て、日高町の日高北部森林管理所で林道の鍵を借り受け、国道274号線千栄のチロロ橋で右折し、二岐沢出合で車中泊です。
8.10(水)0400に目を覚まし、朝食はオニギリを歩きながらで良いと直ぐに歩き出します。 約1時間で取水ダム、ここから二岐沢左岸沿いに付けられた踏み跡を辿ります。 一の沢を過ぎ二の沢沿いの踏み跡に入って行きます。 二の沢には踏み跡がしっかりついていますが、何ヶ所か徒渉を繰り返します。 |
今の時期、飛び石沿いに足を濡らす事なく徒渉出来ましたが、とても滑る岩があるので注意が必要です。
標高1000m位の正面に滝が見える所で道は右の尾根に取り付いて行きます。
この滝の手前で右側の尾根に取り付く |
尾根に取り付くと斜度は急でたちまち息が上がり始めました。
まだ先は長い、焦らず一歩一歩だと確実に歩を進めて行きます。
幸いか、晴れの予報は外れ、曇り空、陽が遮られているのがせめてもの救いです。
それでも、風のない樹林帯の中で蒸し暑く汗が滴り落ち、身体に熱が溜まってきた頃、「トッタの泉」をいう冷たく美味しい湧き水があり、有りがたくも救われた気分です。
1分間で2リットル位の水量でした、この先には水場は有りませんのでたっぷり補給、ついでに顔を洗い、頭から水をかぶって身体の熱を冷し生き返った気分でした。
生き返った、有り難い「トッタの泉」 |
トッタの泉からもきつい単調な変化のない急斜面を縦走装備の重量に耐えながら、カタツムリのごとくじわじわ高度を上げて行きます。
この辺りの道の位置関係は地形図とは明らかに違っています。
基本的には二の沢の谷を左手に尾根を右手に見て登って行くのですが、地形図では尾根を左手に見て登るように書かれています。
細部についてはこのページの最後のGPSトラックを参考にして下さい。
歩き初めて約4時間、ダケカンバが疎らになってきて左前方に赤茶けたカンラン岩のヌカビラ岳がやっと姿を現しました。
カンラン岩が目立つ、ヌカビラ岳 |
大きなカンラン岩の間をすり抜けるように攀じ登ると待ちに待った稜線上に出ました。
本来でしたらこの稜線から目指す幌尻岳や戸蔦別岳が眼前に広がり、感激の一瞬らしいのですが、この日は雲とガスに覆われ、視界は100mほど。
それでも、あの辛かった登りから開放されると思うと別の意味で感激です。
ヌカビラ岳の岩の陰に、ミヤマアケボノソウがひっそり咲いているのを見つけました。
何ともシックで粋な御洒落な花ではありませんか、以前夕張岳で見かけた以来の出合いです。
普通のアケボノソウも御洒落な花だと思いますが、こちらは「粋」と言う言葉が似合っている花ではないでしょうか。
ミヤマアケボノソウ |
ヌカビラ岳からは適当なアップダウンはありますが稜線歩き、残念ながら視界が利かず景色は楽しめませんが、ガスで気温も高くなく湿度があって呼吸も楽です。
ここから北戸蔦別岳、1881峰、戸蔦別岳と稜線上をハイマツを潜り、延々と続く御花畑を楽しみながらルンルン気分で歩いて行けました。
花々はユキバヒゴタイ、アオノツガザクラ、シナノキンバイ、ヨツバシオガマ、ヒダカトウヒレン、チングルマなどが一面に咲き乱れていました。
ただ、羆の掘り返しもかなりの数で思わず大声を出して熊に私の存在を知らしめます。
戸蔦別岳に着きました。
天候はゆっくりと回復傾向のようで、ガスの切れ間が多くなってきました。
それでも幌尻岳はしっかりと雲に隠れています。
戸蔦別岳までは誰にも出会いませんでしたが、ここまで来ると幌尻岳を登ってから六の沢経由で下山する人達が何人か来ていました。
いずれも本州からの登山者達で、景色を見られなかったのを残念がっていました。
私が「七つ沼に泊まるので、今日ダメだったら明日に期待です」と言うと、羨ましがっていました。
ガスの切れ間に一瞬、姿を見せた幌尻岳(戸蔦別岳より) |
まだ時間の早いと戸蔦別岳でゆっくり昼食です。
北側には伏美岳からピパイロ、1967峰に続く山並みが時折うっすらと見えるようになってきました。
眼下には七つ沼が静かにひっそりと佇んでします。
幌尻岳の北カールも見え出し、そこから流れ落ちる数本の沢筋が白く光っています。
当初の計画では、今日も明日も幌尻岳に登り、じっくりと最高峰からの大景観を楽しみたいと思っていたのですが、今日は無理のようです。
幸い天候は回復傾向、明日に期待して、今日はこのまま七つ沼へ降りて、カールで花々を訪ね歩く事にしました。
七つ沼カールへの下り口からの七つ沼全景 |
七つ沼に向かって下りて行くと七つ沼で水を汲んできたと言う、私と同年配の御夫婦と出合いました。
聞くとピパイロを経由して来られたとの事、テントを1967峰と北戸蔦別岳の間に張っているそうですから多分、伏美岳から二泊しながら幌尻岳にチャレンジしたのでしょう。
山慣れしたベテランの雰囲気を漂わせた方々でした。
後日連絡があり、神奈川に住む山好きの御夫婦である事が判りました。その方のHPはこちらです。
カールバンドはそれなりの傾斜ですが、危険を感じるほどではありません。
カール底に着きました。荷物を下ろして水場とテンバをC'Kしてみます。
幌尻岳寄りの大きな沼の水も奇麗でしたが、戸蔦別岳寄りの残り少ない雪渓から水が豊富に流れていたのでその近くにテントを張る事にしました。
テントを張り、荷物を片づけてから、時間もたっぷりあると、カール全体を散策です。
若干の高低差はあるものの、広い高原台地に沼がちりばめられ、緑の草原、そして一面花で埋め尽くされています。
ユキバヒゴタイ |
まさに自然の宝石箱のようです。
フタマタタンポポ |
沼の廻りをゆっくり散策して行きます。
ユキバヒゴタイ、フタマタタンポポ、エゾヒメクワガタ、ハクサンチドリ、ヨツバシオガマ、エゾシオガマ・・・お花の博物館のようです。
チングルマの穂 |
100mの離れていないのに、チングルマが片や花盛り、片や穂になって風に揺れています。
エゾツツジ |
その他にも、ハクサンイチゲ、エゾツツジ、アオノツガザクラ、ミヤマリンドウ、エゾルリソウ、ウサギギク、ホソバツメクサ、タカネツメクサ・・・などが至る所に咲いていて、夢心地です。
沼の一つ |
一つ一つの沼も風情があり、表情が違います。
本当に別天地、地上の楽園の雰囲気です。
私達がそう感じるのですから、羆にとっても楽園なのでしょうね。
チングルマ |
七つ沼の水はカールから新冠川に流れ落ちています。
流れ落ちている所までは行きませんでしたが、カールの下の方ではかなりの水量となって流れていました。
エゾルリソウ |
散策していると、男女3人のパーティに出合いました。
彼らも七つ沼カールの素晴らしさに堪能しているようでした。
エゾシオガマ |
彼らは幌尻岳寄りの沼のほとりにテントを張ったそうです。
私とは北と南の端同士ですから大声を出しても届く距離ではありません。
七つ沼からの戸蔦別岳 |
沼の廻りをゆっくり歩いてきて、約2時間掛かりました。
こぢんまり見えても、やはり広いものです。
アオノツガザクラ |
一人でする事もないので、午後5時には夕食にしました。
雪渓からの流れで冷やしたビールをのんびり飲みながら、カール壁や戸蔦別岳、幌尻岳の肩などを一人で眺めていると、何か浮世離れした、普段の生活から隔絶されたような気分になって来るようです。
ミヤマリンドウ |
薄暗くなるまで、草原に座って、ボンヤリとした幸せな時間を過す事が出来ました。
ウイスキーの心地よい酔いに包まれながら、午後7時にはシュラフへ潜り込みました。
ぐっすり目を覚ます事も無く熟睡しましたが、明け方近くにテントの傍を何かが通る重い足音と「ブヒィ〜」と言う小さな鳴き声が聞こえた時は、心臓が飛び出しそうなほど驚きました。
動いて音を立ててはいけないと思いジッと固くなっていましたが、万一の時には飛び出さなくてはいけないとシュラフのジッパーをそろそろと下ろしていました。
羆なのか鹿であったのか何であったのか分かりませんが、通り過ぎて再び静寂に包まれた後、怖さに襲われました。
いつもは「羆に出会った時は、俺の人生まあまあだったな!と思う事にしているよ」などと笑っていた私は何処かに行ってしまったようでした。