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チャレンジバタバタとテントを揺るがす風の音で目覚める、鳥達が目覚めの唄を歌い出した朝3時である。 ついにその日がやって来た。 まだ薄暗い0345には勇躍第一歩を踏み出す。 |
コイカクからは1560mコルへと一旦150m以上下る、比較的背の低いハイマツの中を行くが踏み跡は思ったより明瞭で有り難くホッとする。
コイカクからのヤオロマップ岳
体も温まって来て戦闘モードを維持しようと雨着を脱いで長袖シャツ一枚になる。
コルから少し登るとヤオロの窓、恐ろしく狭く切れ落ちた谷にはまだ雪が一杯詰まっている。
この時期にはこの雪渓を目当てにヤオロの窓のテン場まで頑張れば、相当軽量化を図る事が出来るのではなかろうかと思った。
ヤオロの窓
ヤオロの窓から30分程でヤオロマップ岳の山頂の一角である1752mP、ここから山頂までは小さなアップダウンをくり返しさらに約30分も掛かる。
途中、男女2名づつの4人パーティとすれ違う。
きっと昨日1839峰に登った人達なのだろう「お天気がよくて良かったですね」と声をかけるが、やり遂げた喜び、達成感が余り伝わって来ないパーティであった。
1752mPへの登りからのヤオロマップ岳
1752mPからは朝日を浴びた1839峰が徐々に形を変えながら屹立していて美しい。
1752mPからの1839峰
振り返るとテントを張った夏尾根の頭とコイカク、そこからC1560mコルへと下る稜線が続き、その奥にはカムエクの姿がうっすらと見えていた。
正面が夏尾根の頭
出発して約2時間、ヤオロマップ岳に到着。
ハイマツの煩わしかった所も多かったけれど、気合いが入っている為か余り辛いとは感じなかった。
目指す1839峰が朝日を浴びて待っているかのようだ。
「待っていろよ、必ず行くぞ!」
ヤオロマップ岳からの1839峰
お天気は上々なのだがやや霞んでいるのが少し残念だ。
かなり遠くまで見えてはいるのだが、一枚ベールが掛かったような視界である。
コイボクカールを抱えたカムエクの姿だって十分良く見える、これで文句を言ったら叱られるか?
お日様の位置が高くなり、次第に暑くなって来た。
稜線北の谷から吹き上げてくる涼風が何とも気持ち良い。
「ありがとう」と何度も口に出す。
応援してくれる花達に何度もありがとうだ。
ヤオロからカムエク方向を見る
ヤオロマップ岳には山頂と1839峰側に少し下った所にテン場がある。
そして両方のテン場から夫々水場への踏み跡がかなり下まで付いている、確認はしなかったが1839峰側のサッシビチャリ川へ降りた方が近く確実なような感じであった。
ヤオロマップ岳を過ぎるとハイマツが濃くなり、まさに踏み跡の感じが強くなってきた。
ルートを予想し、踏み跡を外さないよう注意しつつ1781mPへ。
前衛峰を従えた1839峰
そこには鉄兜のイメージとは全く違う、鋭い姿の1839峰が前衛峰を従えて聳え立っていた。
観察すると前衛峰を含め、幾つもの小ピークを越えながら登って行かなくてなならない。
いつもの私ならいい加減、嫌気がさす光景である。
でも今は老いぼれ爺の私ではなくやる気満々の色気爺なのだ。
「ヨ〜シ、行ってやる!」と100m下のコル目掛けて踏み出した。
1781mPからは進路を西へ、そこからはまさしくハイマツの海、背丈以上のハイマツ達のお出迎えだ。
叩かれ・刺され・打ち付けられ、足払いを喰い、向こうずねを殴られる。
押し広げ、引き落とし、踏みつけ、蹴飛ばし、ぶちかます。
眼鏡を何度も盗られそうになる。口に飛び込んで来る葉の松やに臭さが気色悪い。
踏み跡が判然としなくなり、見失ったら一大事と必死になる。
ハイマツと闘うだけではない、両側が深くスッパリ切れ落ちている所も多い。
特に前衛峰のサッシビチャリ川へ切れ落ちる岩肌むき出しの断崖は恐ろしい程、万一を考えただけで背筋が寒くゾクッとする光景だ。
前衛峰の向こうに真打ちが・・・
途轍も無い激しい登り、岩を掴み、ハイマツを頼りに両手両足総動員だ。
時間だけがあっという間に過ぎて行く。疲れも喉の渇きも感じない。ただひたすら1839峰に挑む。
少しずつ大きくなってくる1839峰
前衛峰に辿り着いた。
1839峰の山頂部が目前に聳えている。
難関と言われる頂上直下の岩がむき出しになった部分を睨みながら、パンをかじり水をがぶ飲みする。
後1時間は掛からないだろうが、最後まで気を抜かずしっかり詰めよう。
前衛峰から1839峰山頂部
下の岩場を右側から登り、真っすぐ上がって行くと問題の岩場。
じっくり観察する、左側の方が良さそうだ。
山頂直下の岩場
何と嬉しい事に、考えていたルートより少し左から踏み跡が延びている。
やれ嬉やと、有り難く利用させてもらう。
岩場の最上部で合流、少し登れば急に傾斜が緩みだし小さく平らな裸地が待っていた。
1839峰山頂
「とうとう来たよ」
胸の中で語りかけているうちに、1839峰に登れたのは何も私自身の一人の力ではない、多くの山仲間達から頂いた刺激、カミさんを始めとする家族の理解と応援、踏み跡を付けてくれた多くの先人達、笹を払ってくれた人、ハイマツに鉈目を入れてくれた人、大景観を恵んでくれた太陽そしてお天気、涼しさを運んでくれた谷風、元気をくれた花や鳥達、ハイマツや笹まで、皆のお陰、すべての力のお陰で登らせてもらったのだと思った。
感謝、全ての物に感謝!
誰も居ない山頂で、もう一度誰も居ない事をそっと確認して、「ありがとう〜!」と大声で叫んだ。
「御陰様で・・」そこまで言ったら声が詰まった。
熱いものが心の奥からこみ上げてくる。吹き出してくる。
恥ずかしい気もするが、正直気持ち良くもある。
ザックを枕に寝転び、高ぶった感情が納まるのを待ち、目が乾くのを待った。
カムエクとピラミット峰
1839峰から北にはコイボクカールを抱えたカムイエクウチカウシ山の優雅な姿が印象的。
霞んではいたが、幌尻岳、戸蔦別岳、十勝幌尻岳などなど北日高の山並みが広がっている。
ヤオロマップ岳
歩いて来た道を振り返る、良く歩けたな〜としみじみ思う。
コイカクと夏尾根の頭
夏尾根の頭に残して来たテントが微かに見えている。
コイカク山頂のテントと私のテントの他には人の気配を感じさせる物は何一つない。
静かだ、日高山脈の正に真ん真ん中に一人で居る実感が湧く。
静か過ぎて怖い位だ。
ルベツネ、ペテガリ、右に神威岳
南側にはルベツネ山、ペテガリ岳、神威岳、ピリカヌプリなど南日高の山々が姿を見せている。
この困難さで名を馳せている稜線をあえて歩いた人も多い、親しい友人にも居る。
どんな大変な思いをしながら歩いたのだろうか、何を考えながら歩いたのだろうか。
今回の山行でその気持ち、辛さ、ご苦労が少しは判ったような気がした。
1839峰まで5時間以上掛かった、帰路も同じ位の時間が必要だろう。
もう少し幸福感を味わっていたいとも思ったが、もう一度周囲を見渡し、山頂の石に触れて踵を返す。
岩場を慎重に下降、前衛峰とのコルで単独男性と前衛峰で2名の男性と出会った。
コイカク山頂にテントを張っていた人達、エールを交換する。
同じ思い、苦労をしてきた人、仲間のような気持ちにもなる。
1781mPまで戻ってくると沸き上がってくる雲にヤオロマップ岳が隠されようとしている。
1839峰を振り返ると山頂に人影が見える、人影は突っ立ったまま動かない。
判るような気がした、思わずおめでとう〜と声をかけた。
1781mPからヤオロマップ岳
ヤオロマップ岳に帰って来て核心部は通過し終わったと安心したのだろう、疲れがどっと出て来た感じだ。
何をするのも面倒くさい、ハイマツが途切れた所があると腰を下ろす。
そんな事をくり返しながら、チンタラ歩きテントに帰り着いたのは午後3時半。
往路より1時間も多くの時間を必要とした。
この夜は幸福感・達成感のせいなのか、疲れすぎて気分が高揚していたせいか、いつまでも寝付かれなかった。