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オコタンペ山
プロローグ
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この数年、北海道のお天気、特に冬の天気は確実に変化し始めていると思う。
上越や関東のような湿った重い雪が降るようになり、マイナス30度など殆ど経験しないようになった。そう言えばダイヤモンドダストなどしばらく見ていないな〜。
今年は特にその傾向が強く、数日前には季節外れの大雨が降り翌日からの寒気で至る所がスケートリンクと化し、歩くのも大変な状態となった。
温かくなり助かると思う時もあるけれど、例年通りが一番良い。
世の中、改革・変革が叫ばれそれはそれで大切な事だと思うが、変らない事・変えない事が大事な事も多い。
地球温暖化、ぜひとも英知の限りを尽くして防止していかなければならない事だと思う。と言う訳で、平地でもツルツルなのだから山も凍っているだろうとスノーシューの他にアイゼンも用意した。
登山口である、オコタン分岐の駐車帯は氷の上に新雪が乗っている状態だった。
スノーシューは止めて最初からアイゼンを履き、念のため車にあった細紐もザックに放り込んだ。
尾根取り付き付近
冬期通行止めになっているオコタンへの道を歩く、トレースが幾つも付いている。
雲に覆われていた空も青空が覗くようになり、期待が膨らむ。
「太陽さん、頑張れ〜!」
C650m付近の尾根取り付きまでは約30分、急な斜面にトレースが残っている。
きっとEBさんご夫婦のものに違いない、私達はもう少し北東側まで入ってから登る予定だったがトレースを利用させて頂く事に変更し足跡を辿る。標高差100m程続く壁と言っても良いような急斜面、小さくジグを切りつつ登って行くが下はカリカリの氷。
アイゼンの歯をしっかり食い込ませないと滑落してしまいそうな感覚である。
前回訪れた時とは大違いでスノーシューでは大苦戦するに違いない、雪質の変化がこんなにも山をそして登る者の気持ちを変えてしまうとは思ってもいなかった。
慣れないカミさんにフラットに足を置くよう注意喚起しながら、慎重にゆっくりトレースを辿る。カリカリの急斜面をなんとか登り切り、斜度の緩んだC740mへ出たときは正直ホッとした。
そこには恵庭岳がゆっくりと雲から顔を出し、「大丈夫?」と言っているようだった。
恵庭岳が見下ろしていた
C740mからは岳樺やエゾマツの林が続く穏やかなフカフカ雪の大斜面。
880mPの南側を巻きオコタンペ山とのコルへと気持ちの良くのんびり進んで行く。
振り返ると枝越しに紋別岳とイチャンコッペ山が並んで見えていた。
紋別岳
20cmほどの新雪の下は固く凍り付いているので、潜らずアイゼンで問題ない。
この山は近くのイチャンコッペ山等と比べると、動物の足跡が少ないような気がするな。植生等は似たようなものなのに何か他に原因があるのだろうか?コル付近まで来るとオコタンペ山の可愛らしい丸い山頂部が見えてきた。
オコタンペ山の丸く可愛い山頂
左手に圧倒的な迫力で聳え立つ恵庭岳、段々お天気もよくなって太陽を背にした厳つい山頂岩峰が逆光に輝いている。
そしてオコタンペ山の南尾根の向こうには秀麗な姿を形よく並べたホロホロ山・徳舜瞥山、白老岳の姿が見え始めた。
ホロホロ山(中央)と徳舜瞥山(右)
コルからオコタンペ山への稜線を回り込み、山頂への登りに掛かる。
静かに佇む冬の景観を噛み締めるように何回も周囲の様子を眼に入れ、ゆっくり味わいながらの登りである。
風も無く、静かでたおやかな景観である。
山頂への登り
正面から左手には漁岳・小漁山が青空を背景に凛々しい姿を見せ始めた、決して雄大ではないが眼を引きつける何かを持っている山々だ。
そして左下には真っ白に結氷したオコタンペ湖。全景を見るのは久しぶりだ。
小漁山
山頂に着いた。
木立が少し煩いが漁岳が大きい。
漁岳
風は弱いが立ち止まっていると寒さが忍び寄ってくる。
ダウンをパーカーの下に着ると温かさが甦り、心穏やかにおしゃべりを楽しみながら景観を堪能する。
山頂にて
まだ時間は10時半、熱いコーヒーを啜りながら静寂の世界に身を任せていると、数年前漁岳から小漁山を経由してオコタンペ湖に降りたときの事がはっきりと甦って来た。
登って来た南側を振り返れば、恵庭岳が堂々と端座している。
冬の登山ルートが私を呼んでいるかのようだ。
恵庭岳
山頂の木々の霧氷が陽射しに輝いて美しい、「奇麗だね〜!」思わず歓声が上がる。
その向こうには紋別岳とイチャンコッペ山の姿も見えている。
紋別岳(右)とイチャンコッペ山(左)
そして否が応でも眼を惹くのは、眼下のオコタンペ湖である。
湖面は静かに周囲の湿地帯と共に、凍り付き雪に覆われている。
いつもは幾つも見られる湖を横切るトレースもこの日は見られない、まるで処女地のようだ。
オコタンペ湖
静かすぎる山頂、聞こえるのは霧氷の氷が風に触れ合う風鈴の音だけ。
静寂で豊かな時間を十分すぎる程満喫し、下山する事にした。
往路をのんびりと引き返す。
正面には恵庭岳の山頂岩峰がデ〜ンと聳えている。
立ち入り禁止の措置が続いているので山頂へは行けないが、冬の恵庭岳へ今年は行ってみようかな?
恵庭岳山頂岩峰
コルから880mPへとなだらかな稜線を引き返す。陽射しも明るく何ともいい雰囲気だ。
のんびり雪原を行く
C740mの急斜面の上へと戻って来た。
ここからが今日の正念場、注意して降りなくては・・・と思った瞬間。「アッ!」カミさんが滑った。
直ぐにでも停るかのようだったのが、次第にスピードを速め滑り落ちて行く。
どうしようと思った時には既に手は届かず、なす術が無い。
20m程下には数本の灌木が生えていてそこで停まってくれる事を祈るだけだった。
カミさんも灌木の方に行こうとしているようだ。幸いにもその灌木の少し手前で停まった、良かった〜! しかし動かない。
「大丈夫か! そのまま動くな!」大声を掛け急ぎ下り降りる。助け起こし様子を見ると怪我もしていないし、どこも痛めてもいない。
不幸中の幸いである。
だが、ビックリしたのだろう眼の焦点が合っていないような感じなのである。
立ち上がってもバランスを失い、腰が引け、へっぴり腰になっている。このままでは危ないと、ザックに放り込んで来た細紐を取り出す。長さは20m程。
カミさんの気分が静まり落ち着くのを待って、ダブルにすると10mにしかならないのでシングルにして木に結び、確保しながら約20m下の木まで下らせる。
次いで細紐をほどいて私が降り、また木に結び確保して降ろす。これを数回繰り返すと道路まで高さ30m位まで降りて来た。
「もう大丈夫」と言い、バランス感覚も戻ったようなので、一人でゆっくり慎重に下らせ道路へ降りた。「あ〜、ビックリした! 平らな所がこんなに有り難いなんて思ったこと無かったわ!」
「お尻滑りのような気でいたら全然停まらなくて・・・、どうしようかと焦ってしまった!」
とカミさん。「寒くて汗もかかないと言っていたけど、冷や汗と脂汗でビッショリじゃないの?」と私。
笑い話で終わって、本当に良かった。
気持ちの良いお天気の下、新雪と遊び、オコタンペ湖を眺めてこようと訪れたオコタンペ山。
この山が固い氷に覆われるなど考えてもいなかった。
「甘い!」と言われればその通りである。良い教訓になった。
「だろう、よかろう」では無く、状況をきちんと見極め、それに応じた対処の必要性を身を以て知らされた今回の山であった。手を抜かず、きちんとやろう。そして準備不足なら諦め、次回にしよう。
それにしても、カミさんに怪我の無かった事が一番であった。
「神様、有り難うございました!」
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・幾年を耐え育ちたる岳樺 さからわず生き 生きよと笑う
・こだわりは捨てよ捨てよとアイゼンの爪音(おと)響きたり吾の心に
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2009年3月のオコタンペ山へ |