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ホロホロ山
プロローグ
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この日の北海道、特に道央や道南地方は移動性高気圧に覆われ穏やかに晴れると言う予報である。
その言葉通り、走り抜ける車からは支笏湖や樽前山、風不死岳、恵庭岳が朝日を浴びてくっきりその姿を見せている。美しさに浮き立つような爽快な気分である「脇見をしてはダメよ」の声に、ハイハイと返事しつつ横目で盗み見る。
しかしそのお天気も美笛峠を越えると厚い雲に覆われ、暗く冷たい冬の風景が広がっていた。「あれれ?こんな筈じゃ・・・」、「これなら樽前山に転進しようか・・・」と一瞬迷ったが、これから急速に良くなる筈と思い直しホロホロ山登山口である大滝の工芸館へと向かった。
工芸館の駐車場で準備を整え歩き出す。
昨夜降ったものと思われる20cmほどの軽い粉雪で覆われた斜面は優しくて奇麗だ。
スノーシューを履いて脛までのラッセルは軽い雪のお陰で苦にならない。ルートは工芸館から南南東へ延びる細く明瞭な尾根を忠実に辿って行く。
この尾根に夏道は無い、積雪期ならではのルートである。
直ぐにトドマツの幼木が植林された開けた台地へ出る。幼木の頭が雪面からわずかに覗かせ、トゲトゲのたらの芽の木が棒のように立ち並んでいる。
晴れていればここから鋭く屹立する徳舜瞥山の姿が望まれるのだが、暗い雲に覆われ望むべきも無い。C550m位からトドマツを主体にした樹林帯へと入って行く。
ほんの少し前に通ったと思われる爪痕も新しい狐の足跡が私達を誘導するかのように続いていた。
トドマツの森を行く
登って行く尾根は斜度も緩く、動物の足跡や鳥の鳴き声を楽しみつつ高度を上げて行く。
C650mからややきつい登りが数カ所あるが、わずかな距離だ。
ただ、柔らかい新雪の下は先日降った季節外れの雨でガリガリに凍っていてスノーシューの歯が立たない所もありルート選びに慎重さが要求される。
C800mを過ぎると尾根は一段と細くなり左手の北東側は切れ落ちるようになる。
その向こうには白老岳の姿がボンヤリ煙りながら見えて来た。
南白老岳の鋭い三角錐が眼を引き、その奥に白老岳、そして945m峰と続いている。
白老三山
積雪量は例年と変わらないように感じられるが、木に雪がしっかり付いておらず樹氷にはまだまだだ。
樹氷と言うには・・・
「もう少し登れば見られるかもね。」と話しながらゆっくり高度を上げて行く。
C900m付近からやっと樹氷らしい形の木々が現れ始めた。
でも、背景が青空ではないので何か映えない。「残念だな〜、折角来たのに・・・!」
モンスター達がお出迎え
時計を見ると既に2時間以上が経っている。
前回は確か2時間半位で山頂だった筈、いくら軽い雪とは言えやはりラッセルが効いたのかな? それとも体力がそれだけ落ちているのかしら?お天気は相変わらず曇りで時折小雪が舞っている。
でも短い時間ではあるが陽が差し込むようになってきた。
「このまま晴れてくれ〜! 太陽さん、頑張れ〜!」
陽が射せば、暗いモノトーンだった風景も明るく一変する。
「奇麗!」カミさんも喜んでくれた。だが・・・。
日が射せば
C1000mを越えると尾根はそれまでとは打って変わってだだっ広くなる。
ホロホロ山の北から北東へ延びる何本かの尾根がここに集まり、広い尾根となってC1280mの肩まで続くのだ。
森林限界に達したのだろう、木が少なくなりまるでスキー場の大ゲレンデの様相である。
ここでちょっぴり休憩、温かい飲み物を飲みレーズンを口に入れる。
お写真いかが?
陽が差し込むと大雪原は幻想的な雰囲気だ。
雲のためコントラストは無いが、これはこれで冬らしい景観なのだろう。
広がる雪原
C1000mから下を見る
気温はかなり下がっているようだ。
フル充電して来たデジカメの動作がぎこちない。
指先が痛く、感覚が失われて行く。
それなのにカミさんは素手でカメラを構えている、「手袋しないと大変だよ!」「だって手袋しているとボタンが押せないのよ」・・・。
早く手袋・・・
広い雪原をゆっくり進んで行く。
風が吹き抜けるので飛ばされて雪面はガリガリ、そして吹き溜まりは思わぬ積雪で足が奪われる。C1100mを過ぎた辺りから急に風が強くなって来た、雲が千切れるように流れ飛んで行く。
地吹雪模様! まともに眼を開けていられない。
フードを被り、ネックウオーマーを鼻先まで引き上げる。C1200m、もう山頂は見えていい筈なのに何も見えない。
山頂へは1280mから切り立った狭い岩稜を渡らなくてはならない。
「これは、ちょっと無理だな!」抵抗無くそう思える自分が居た。
烈風!
「止めよう。引き返すよ!」
カミさんの寒さで潤んだような瞳が真剣な表情で頷いている。それまでの順番を逆にしてカミさんを先頭に引き返す。
間もなくカミさんが停まってしまった、「道が判らないの!」
トレースの跡形も無い。数分前のトレースが風で吹き飛ばされている。
だだっ広い尾根、地吹雪、飛雪、景色も見えず方向も良く判らない。
勘に頼ったら危ない場面だ、面倒だがコンパスを取り出しC'K、そしてGPSのトラックもC'K。「右斜め前だ。後ろから方向を教えるから」
緊張の時間を過ごし樹林帯へと降りて来たら、そこは風も無い天国が待っていた。
ホッとして休憩。時間は12時、お昼にしよう。
「すごかったね〜!」「良かった〜。どうなる事かと思ったわ」安堵の短い会話が全てを物語っているようだ。
温めて来たおにぎりが心底美味しい。
ペットボトルの水が凍って飲めない、テルモスのお湯が有り難い。おにぎりを頬張っている間に晴れ間が出て来た。
皮肉なものだな〜。
でもお陰で、暗くモノトーンだった周りの風景が生き生きと明るく輝くようになった。
樹氷も明るく
ホロホロ山のお目当てであった、樹氷らしい姿も現れた。
青空に映えて
トドマツの樹氷も岳樺の霧氷も陽の光に輝いて美しい。
岳樺
まったりした気持ちよい一時、地吹雪に痛めつけられた後のまさに天国、楽園の趣である。
口はモグモグ、眼はキョロキョロ、カメラをあちこちに向け、歓声を上げる。
「これだから山は止められないんだよな〜!」
目映い光景に歓喜の声が響く
お腹を満たし、のんびり樹林帯を下る。
トレースはしっかり残っていて考える事も無く淡々と辿るだけだ。
急斜面では尻滑りを楽しむ、微妙に曲がるトレース、制御し切れなくて木にぶつかりそうになる。
その度、悲鳴と笑い声が林に響く。雲の動きが穏やかになり、切れ間が多くなって来た。
「あと2時間、早かったら〜!」繰り言が口をつくが致し方ない。
樹林の間から、徳舜瞥山とホロホロ山の姿が今日初めて見えて来た。
天気予報を信じてお気軽気分で出かけたホロホロ山。
予報とは違い、めまぐるしい変化に遭遇した。これが当たり前の冬のお天気だろう。新雪、暗い表情の樹林帯、束の間の陽射し、烈風、地吹雪、方向も判らぬ大雪原、温かい陽射し、輝く樹氷、響く歓声、これすべて冬山の表情、喜びだ。
山頂からの白く輝く端正な徳舜瞥山の姿は見せられなかったが、美しい樹氷は見せられた。
冬山を甘く見ず、次は何を楽しみに何所を訪れようかな?
・雲は湧き次々背景変えゆかんシャッターチャンスはちょこっと楽し
・めぐる季を疑わず待つ樹氷林冬の精住み時折輝く