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ニペソツ山
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登山口で丸木橋を渡り、出合いの尾根に取り付く。
早朝しかも針葉樹林帯で薄暗い、単調な見通しの利かない尾根を黙々と登る。
C1300m付近から雪が出て来て、C1500m付近からは雪で覆われ夏道は隠れてしまった。
地図で確認すると道は尾根通し、樹林の中を避け雪を繋ぎながら小天狗(1681m)を目指す。
小天狗への尾根
C1500m付近で左前方に前天狗の姿が見えるがすぐに木々で遮られてしまう。
反対側の右後ろ(東北東)には、通称「おっぱい山」の西クマネシリ、ピリベツが朝日を背景に佇んでいた。
おっぱい山
小天狗手前のC1630mで特徴ある岩場を見つけ、それを乗り越えて前天狗に至る稜線に出る。
このところの日射しでトレースも消えてしまい判然としない、地形と雪の様子を見てルートを決めざるを得ない。
残雪期に、その日初めて歩く登山者の特権というか試練である。
C1630m岩場を過ぎた所からの前天狗
夏道は雪に埋もれているだろうし、よしんば出ていたとしてもハイマツやミヤマハンノキが雪の重みで倒れていて、漕がなくてはならない。
上の写真で前天狗に至る稜線やや左側の残雪を繋いで登り、山頂直下右からハイマツの薄い所を選んで夏道に出ようと考えた。お天気は快晴、日差しも強く暑い位だ。
雪を首筋に当てたり、帽子の中に入れて身体を冷やす。歩く右手、北側には同じ東大雪の石狩岳・音更山が堂々とした姿を見せ、その向こうには表大雪の旭岳や白雲岳の姿も見えだした。
すっきり清々しい景観の広がりに気持ちも晴れ晴れ、順調に高度を上げる。
石狩岳(中央)と音更山(右)、後方に旭岳・白雲岳など
前天狗の山頂まで標高差100m位の所でハイマツの切れ目を見つけ右側に入ると、僅か20mで夏道に出た。
多少のハイマツ漕ぎを覚悟していただけに嬉しい。ゴツゴツした夏道を辿り、前天狗へ登って行く。
そこには・・・。
前天狗まで後10m、5m・・・、山頂稜線の向こう側に尖った岩の先端が見えだし、徐々に大きくなって来る。
「ド〜ン!」出た〜! そこには待望のニペソツ山がその全容を惜しげも無く見せていた。
何と言う素晴らしさ! 言葉も無くその迫力ある姿に見入る。
前天狗からのニペソツ山
カメラでとらえると上の写真になるが、実際は目がニペソツ山にロックしているのでもっともっと大きく見える。
「お久しぶり、また逢いに来たよ」思わず声が出る。
ニペソツ山は今回も青空を背景に機嫌良く迎えてくれた。
ただ、前天狗から続く稜線には、ほとんど雪がない。
今年の北海道の山は低温で雪融けが遅い、もっと雪が残り大半が白い雪で覆われていると思っていた。
ちょっぴり期待はずれだが、素晴らしさは少しも変わらない。ここからは正面にニペソツ山を眺めながら、歩く快適なプロムナードである。
もう少し時期が遅ければ高山植物が咲き競う所でもあるが、この時期はコメバツガザクラやキバナシャクナゲが咲きだした程度で少しさびしい。右前方には今まで見えなかった十勝連峰も姿を見せだした。
十勝連峰
歩きにくいゴロゴロ石の道を歩き、天狗岳を巻くと一旦ニペソツ山のコルまで大きく降り、その後は一直線にニペソツ山へ突き上げている急斜面が待っている。
天狗岳から見た、コルと最後の急斜面
コルで気合いを入れ直し、ニペソツ山への最もキツい登りにとりかかる。
この道はハイマツとミヤマハンノキの茂みが続き、今の時期ミヤマハンノキの花が花粉をまき散らしている。
触れると黄色い花粉が煙のように立ち登り、シャツもズボンもザックも何もかもが黄緑色に染まってしまう。
それだけならまだ我慢は出来るが、舞い立った煙状の花粉が目や鼻に入り堪らない。
『プハ〜!』 助けて〜!。
目がかゆくなり、こすればますます酷くなる。クシャミやハクションが連発だ。
花粉症の人なら、気絶ものである。あと山頂まで標高差100m、切り立つ岸壁が恐ろしい程だ。
切り立つ東斜面の岸壁
山頂を北から巻くように急斜面をトラバース気味に登れば、間も無く、それ以上の高みは無くなる。
立派な三角点と石の標柱のニペソツ山山頂。
2013m、東大雪で唯一2000mを越える最高峰。快晴無風、視界抜群、今日の一番乗りである。
東側が切れ落ち、覗くのも怖い位の山頂はかなり狭い。
孤高を誇るように聳えるニペソツ山、その眺望は最高である。最も眼を惹くのは、やはり表大雪の山々とそれに続く十勝連峰の姿。
その雄大な姿はもちろんであるが、残雪の描くまだら模様が何とも美しい。
表大雪北部の山々、旭岳〜白雲岳
白雲岳からは広大な高根ガ原や沼の原を挟んで、トムラウシ山がひと際大きな姿で端座している。
何処から見ても一目でそれと分かる特徴ある山容である。
雄大なトムラウシ山
そしてトムラウシの南側の高みが十勝連峰。
オプタテシケ山がひと際大きい。
左から十勝岳、美瑛岳、美瑛富士、石垣山、オプタテシケ山
これらの写真をパノラマとして編集してみました。
横幅があるので、必要があればスクロールしてご覧ください。
左手から十勝連峰、トムラウシから表大雪北部の山々、右に石狩連山です。
ニペソツ山からの大展望、澄み渡った大気、じっくりと心豊かに眺めていたい。
誰しもがそう思うだろう。
ところがである、そのささやかな願いを邪魔するものがいる。
そう、「ぶよ」である。
はえより少し小さいのだが、皮膚に止まったと見るや刺すのではなくかじるのである。
痛がゆくてじっとしていられない。ゆっくり腰を落ち着けて広がる景色をと、のんびりしている訳にはいかないのである。
狭い山頂をぶよを避け、タオルを振り回しつつ、あっちへウロウロ、こっちへウロウロなのである。
血ぐらい少しなら上げるから、噛まないでほしい、そしてかゆくしないで頂戴。表大雪とは逆の南側には、ウペペサンケ山と糠平湖が見えている。
台形のどっしりした独特の山容、静かな山旅が出来るとして隠れた名山である。
ウペペサンケ山 その左に糠平湖
コーヒーを楽しみ、ゼリーやグレープフルーツやトマトをゆっくり味わおうにも、ぶよが集って来るため山頂を歩き回り、ぶよを追い払いながらでせわしない。
外から見ていたら、何をやっているのかと不審に思われたに違いない。南西には、日高山脈が長く白い姿を横たえている。
見る限り、大雪よりも雪が多く見え、陰影のせいか、厳しい山並みがより厳しくすごみすら感じさせる。
連なる日高山脈の山々
山頂で1時間以上、ぶよと戦いつつ大景観に圧倒され過ごしたが、まだ誰も登って来ない。
こんな素晴らしいコンディションのニペソツ山を独り占めなんて贅沢すぎる、ありがたい事だ。
この山は、下りも幾つかの登り返しが待っていて楽ではない。
花を見ながらゆっくり下山する事にしよう。
その前に、記念撮影だ。
ミヤマハンノキの花粉に再び攻め立てられ、降参しながらコルへと戻った。
ここからは登りながらC'Kしておいた、花を愛でながらの下山である。まずは、コメバツガザクラ。
雪が融けて一番に咲き誇る小さな花だ。
コケモモに似ているが、花がツボ型をしている。
大きさは5・6mmほどの可愛い花である。
コメバツガザクラ
次いで、キバナシャクナゲ。
まだ蕾のものが多かったが、日当りの良い場所で咲きだしていた。
よく群生し、一面真っ白に見える事もあり、高山植物の代表格の花だと思う。
キバナシャクナゲ
そして次に登場するのは、ミネズオウ。
可愛く清々しい花、白花と赤花があるが、ニペソツ山で見かけたのは赤いピンクの花である。
ミネズオウ
大きさ5mm弱の小さな花であるが、まとまって絨毯のように咲いていると、結構眼を惹く。
花自体もよく見ると可愛く、私の好きな花の一つである。
ミネズオウ
そして最後に登場するのは、この花に逢いたくて今回この時期にニペソツ山にやって来た花。
ツクモグサである。
登る時には見つけられず諦めかけていたのだが、偶然一群れを見つけることができラッキーだった。
見つけた時には思わず、喜びのあまり叫んでしまった。
ツクモグサ
細かく裂けた葉、産毛のような密生した毛、緑がかった淡いクリーム色の花。
北海道でも何カ所かの山にしか自生していない花、いわば貴重な花なのである。
ツクモグサ
本州では北アルプスの白馬岳と八ヶ岳のみに自生すると言われ、北海道でも利尻岳、大雪のニペソツ山とニセイカウシュペ山、芦別岳、そして日高のピパイロ岳にある花なのだと言う。
花の大きさは3cmぐらい、出会えて幸運だった。
いつまでもニペソツ山で咲き続けてほしいものだ。
ツクモグサ
ニペソツ山の花を慈しみ楽しみながら、天狗岳〜前天狗へと時間をかけて戻って行く。
後続の登山者の姿が見え始めた。
若い元気な3人連れ、単独男性2人、ご夫婦一組、私と同年輩の男性三人連れの10名であった。
その内、テント泊まりが6名。きっとニペソツ山の夕景、朝焼けをも堪能しようという心づもりなのだろう。優雅で豊かな山歩きである。そんな人達と挨拶や会話をしつつ前天狗まで戻って来た。
ニペソツ山とは、ここでお別れ。
ありがとうと挨拶し、再び訪れられるよう祈って別れを告げた。
ニペソツ山と別れを告げる
前天狗からは来たルートを辿り引き返すが、夏道が出ている所はそれを利用して下る。
ところが雪が融けた直後なのでハンノキや小さな雑木が倒れていて漕ぐのに結構時間がかかる。
変な気を起こさず、登りのルートを正直に歩いた方が良かった。
小天狗からは一直線に残雪を繋いでC1300m付近まで駆け下りた。10時間近い行動の末やっと戻った登山口、沢水で身体を拭いてさっぱり。
でもテント泊まりの人達に比べれれば、私の山旅は優雅とは言えない。
もう歳も歳なのだから、強行軍はいい加減にし、優雅さと優しさを求めた山旅に切り替えて行くことも大事ではないかと思った。下山後、十勝三股へと走る車窓からはおっぱい山が、今度は私の所へお出でと誘ってくれているようだった。
通称おっぱい山 左がピリベツ山、右が西クマネシリ岳
自宅へ帰り、撮ってきた百枚近い写真をカミさんに見せる。
「すごいお天気だったのね、良かったでしょう」
「ツクモグサも見られたなんて、行いが良かったのかしら...?」
などと言っていたカミさん、突然
「こんな山の姿をまた見たいけれど、もう山には登れないかも知れないわ・・・」
「そうなったら、車で登山口まで送ってあげて迎えに行ってあげるわね」何と言う事を言うのか、そんな弱気になってどうする。
椎間板ヘルニアは不治の病ではない。
いつもは明るさが取り柄のカミさん、やはり弱気になってしまっている。
何としても治して、また山を一緒に楽しもう。とことん話し合った、一抹の不安は拭えないが、手術を受ける事にした。
いつまでも痛みや苦痛を我慢して消極的に生きるより、完治してまた人生を楽しみたい。
幸い、担当の医師は全国的にもヘルニアの手術では名の通っている名医である。
信頼してお任せしよう。
そして私は全面的にバックアップだ。
子供達の協力も求めて、必ず治してやる。そう心に決めた。