第二日目

 

2010.8.4(水)
900m雪渓 0445
C1000m三股 0505
八ノ沢カール 0700〜30
ピラミット峰分岐 0805〜10
カムエク山頂 0900〜30
ピラミット峰分岐 1000〜05
ピラミット峰 1100〜10
1807m峰 1240〜50
1602mコル 1340

八ノ沢核心部

さあ、今日は八の沢の核心部を登り憧れのカムエクの山頂を踏むのだ。
期待とともに起きだす、だが空は分厚い曇り空。
アレッ?と思うが、食事を摂りテントを手早く撤収して出発だ。

歩き出して20分も行くと、1000m三股だ。
左右・正面とも見紛う事の無い勇壮な滝が落ち込んでいる。
開けた清々しい感じの三股である。雪渓の広がりも夏の日高らしい。

正面の滝に向かって雪渓を歩く。薄くなっている所もあるので心配であれば左岸沿いの草付きを歩くのも良いと思われる。

1000m三股
1000m三股 (下山時撮影)

この1000m三股からが八の沢の核心部である。
迷い易いとして有名なY字やS字もここにある。
慎重に目配りしながら行こうと気合いを入れ登り始める。

取り付きの滝
正面の滝の左岸に道がついている

1000m三股から八ノ沢カールまでは、すべて巻き道があり沢の中を歩く事はない。
幾つもの滝が連なって落ちていて、見応えのある滝も幾つかある。

滝この滝も左岸に明瞭な巻き道が

八の沢の核心部はC1000mから1300mの間である。
基本的には八の沢本流の左岸から付かず離れず、流れ込む支沢を使って右に登っては左に戻って本流に出会うと言うイメージの繰り返しである。
従って登る時には、常に左を意識していれば道を間違える心配はないと感じた。

その顕著な所がY字(1160m付近)で、右への支沢をそのまま直進しがちな所なのである。左を意識していれば、赤布が下がっている。
S字(1230m付近)は登る時にはほとんど問題ない、下りで直進し真っ直ぐ下ると滝に出会ってしまう所だ。これは登り時に確認しておけば間違う事は無いだろう。
万一下ってしまい滝に出会ったら、少し引き返せば良いだけである。

勇壮な滝が続く滝

少し足場が狭い所にはロープが設置されている。
少し慣れた人なら必要を感じないかも知れない。

私自身はロープ場は何とも思わなかったけれど、大きな丸みを帯びた滑らかな大岩が続く所が嫌らしく感じた。
フェルト底の沢靴なら然程不安は感じないかも知れないが、履き替えをせず一足で縦走しようと履いてきたスパイク地下足袋はツルツル岩にはフリクションが効かず弱いのだ。
手のひらの摩擦を使い、膝を使って怖々乗り切った。

 

嬉しい出合い

C1300mで核心部は終わり、八ノ沢本流を登るようになる。
それまで巻き道ばかりなので、不安に思う向きもあろうかと思うが大丈夫。
すぐに本流沿いに明瞭な道が現われる。

1350m付近を登っている時だった。
上から一人の男性が降りてくる、この時間だから八の沢カールに泊まっていた人だろう。
丁度沢を横切る所 「どうぞ、どうぞ」と譲り合う。
結局私が先に渡らせてもらい対岸に上がると、「千歳のたかさん ですか?」と声をかけられる。
「はい、そうです」と答えたものの、失礼だがお顔に見覚えが無い。
戸惑っていると「メーリングリストのtarachanです」と自己紹介。

お会いした事もお顔を拝見した事も無いけれど、私が所属しているメーリングリスト、HYML(北海道の山メーリングリスト)の会員で、埼玉県は彩の国のtarachanさんなのであった。
埼玉の方なのだが北海道の山、特に日高の山に魅せられ毎年、目的意識がしっかりした厳しい山行を単独でやられている方なのだ。

思わず力一杯の握手。
それだけで長年の顔なじみと同じになってしまう。山男とは実に単純な生き物なのだ。
エサオマンから縦走してきたとの事、入山当初はまだお天気が悪く何日か停滞を余儀なくされたそうだ。
詳しくは聞かなかったが、きっとカムイビランジに合うのを目的に歩いたのではと感じた。
私からはもう大丈夫だと思うが、札内川の増水がまだ続いている事をお伝えした。

嬉しい出合いも夫々長話をしているほど暇ではない。
エールを交換してお別れした。

八ノ沢核心部を過ぎて

 

天上の楽園

tarachanと出会った1350mからは斜度も緩み、前方に開けた空際空間を見ながら30分も歩けば、天上の楽園「八ノ沢カール」へ飛び出した。カールの直前には豊富な湧き水が沢に噴き出している。

思いのほか小さく、こじんまりした感じのカールである。
5分も行くと、雪渓からの水が流れるテン場。すぐ脇に羆に襲われた福岡大学学生の慰霊碑がはめ込まれた岩がある。

カール
八ノ沢カール 後方はピラミット峰

八が沢カールは美しく静かな素晴らしい情景が広がっていて何とも素晴らしい。
一夜の夢を結びたくなるこの場所もテン場は然程良くはない。
整地されすぐにでもテントを晴れるのは精々1〜2カ所、他は石ころの散在する場所に張らざるを得ず背中が痛くなるのを覚悟しなければならないようだ。

カール
残る雪田とカール壁

水は雪田から豊富に流れていたが残雪は残り少なく8月中旬には溶けてしまう感じである。
小さいと言ってもカール壁は思ったより高くとても登れそうにない。
カムエクの姿もカール壁に遮られて見る事は出来ない。
でも、何だかとても落ち着く良い雰囲気なのだ。

振り返ると正面に1628mPと岩内岳、十勝幌尻岳が均整のとれた姿を見せていた。


ピタミダルな1628mPと右に岩内岳、左奥に十勝幌尻岳

いくら素晴らしいからと言って、何時まで腰を落ち着けているわけにはいかない。
行動用の水を7.5リットル汲み、ずっしり重くなったザックを背負いカムエクへと向かう。

 

憧れの筈が・・・

道は高く立ちはだかるカール壁を避けるようにピラミット峰方向の南南東へ向かってから稜線間際で北西に方向を変えカムエクへと向かっている。
その方向を大きく変える地点がピラミット峰分岐、ここにザックをデポしサブザックでカムエクへ往復だ。

分岐からのピラミット峰ピラミット峰

そのカムエクは八の沢カールへ切れ落ちる斜面を抱え込むようにして佇んでいる。
一旦前衛ピークへ、次いで本峰の頂へ至るルートである。

カムエク分岐からのカムエク

稜線上の登山道には花も多く目を楽しませてくれる。
ウサギギク、エゾツツジ、イワギキョウ、ミヤマキンポウゲ、ミヤマダイコンソウ、イワツメクサ、ウメバチソウ、ユキバヒゴダイ、ハクサンボウフウ、イワブクロ・・・などなど

ハイマツを漕ぐ訳でもなく、立派な登山道と化した道を淡々と歩く。
「羆が踏み外す」とアイヌ語で言われるのが納得出来るほどの切り立って斜面がカールへと落ちている。

切り立ったカムエクの斜面カムエク

前衛ピークまで岩混じりの急斜面を登れば、カムエク山頂は目の前だ。
雲がだんだんと低くなってきている感じ、果たして日高の山々は姿を見せてくれるだろうか?

直下のテン場を越えると、そこはまさしくカムエクの山頂であった。

ウ〜ン! 北側には雲が掛かりだしている。
1903m峰、1917m峰は良く見えているが、それより北の山々は山頂を雲で隠している。
かすかに札内岳が雲間から山頂を覗かせている位だ。

カムエク山頂
カムエク山頂から北の展望、1917峰( 左)と1903峰(右) その右後方に札内岳

南側はまだ雲が掛からず、重畳たる山並みが延々と連なっている。

展望
山頂から南の展望、左手前にピラミット峰、中央は1823m峰、遠く右に1839m峰

山・山・山に囲まれた世界、まさに日高の真ん中に居る実感が沸き上がってくる。
これから歩くピラミット峰や1807m峰、そして1823m峰が良く見えていて、挑戦心をくすぐってくる。

カムエクの南西稜が厳しい姿を見せている。

南西稜
カムエク南西稜、遠く左に1839m峰の姿が

素晴らしい景観である。ただじっと見入ってしまう。
なのに、何か心に穴があいているような気分が、わだかまっている気分が振り払えない。

2年前1839m峰に立った時の、胸が高鳴り熱くなり、声が詰まり、滂沱してしまった、あの感動は無いのである。
2年の間に歳をとり、涙腺が涸れ・感じる心が薄れた訳でも無いだろう。
あの時あって今回無いのは、ハイマツの海と闘い、恐さも忘れて岩に挑み、ひたすら1839m峰の山頂目がけて純粋に挑戦した熱い姿勢・気持ちだったのでは無かろうか?
今回は立派な登山道を淡々と登っただけで山頂に立てた。

その違いが私の心を揺さぶるかどうかの微妙な差なのかも知れないと思った。
そうであればこれから歩くコイカクへの道こそ、私が求めるものに違いないと思いつつ、遥かに続くピラミット峰から1823m峰、そしてコイカクを熱く見つめ続けたのであった。

1839峰
私の心から消える事は決して無い1839m峰をZOOM UP

 

いざ行かん

もっと長く居て楽しむつもりであったカムエク山頂、新たなる感動を求めてそそくさと去る事にした。
下山する稜線の正面にはこれから向かう山々が私を待っているかのようだ。

ピラミット峰
いざ行かん、ピラミット峰と左に1807m峰、右に1823m峰

左下に八の沢カールから真下に一直線に延びる八の沢、その向こうに1628m峰や岩内岳・十勝幌尻岳。カールの広がり、谷の深さ、山の大きさを感じられるのびのびした光景である。

カールカールと八の沢を見下ろす

ザックをデポしたピラミット峰分岐に戻って、重い荷を再び担ぐ。
カールを見ると、その入り口に6人ほどのパーティが上がってきた所だった。
多分昨日七ノ沢で追い抜かせてもらった一行だろう。
「憧れのカムエクまで、もう少しですよ」聞こえる筈の無い声をかけて、ピラミット峰へと足を進めた。

端正な姿のピラミット峰、稜線にこれまた登山道と化した良い道が続いている。
ハイマツを漕ぎながらだったら大変だろうが、1時間弱で登り切る。
山頂には手書きの小さな山頂標識が置かれてあった。

1839m峰に雲が掛からんとしている。
天気は下り坂なのか? 予報では晴天が続く筈なのに・・・。

1839峰
ピラミット峰からの1839m峰、中央左はヤオロマッ岳〜コイカクへ続く稜線

振り返れば、八ノ沢カールを抱いたカムエクが神々しく端座している。

カムエク
ピラミット峰からのカムエク

そしてこれから歩む厳しい稜線が、「来るなら来い」と私を待っている。
よし、行くぞ! と闘志をかき立てる自分が嬉しい。

稜線
これから歩む稜線、1807m峰から1602mコル、1573mP

距離は近いがアップダウンも結構ある、ハイマツの濃さはどうなのか、踏み跡は分かるだろうか。
行ってみるだけだ、自分が歩きたくて選んだ道なのだから・・・。

ピラミット峰を出ると途端に登山道は消えた。
踏み跡が細々と続いている。
ハイマツも濃くなった、一部背丈より高い所もあるが大半は胸までで見通しが利くのがありがたい。
全般にこの付近のハイマツは南方向に枝を張り出しているのが多い。
従ってカムエクからコイカク方向へは身体で押し渡っていけば比較的容易に通過する事が可能である。
反対にコイカク方向からだと枝が通せんぼ、腕で枝を押し広げ、引き倒し、踏みつけて通らなければならないので体力、特に腕力を相当必要とし消耗する。

踏み跡は忠実に稜線沿いに付けられている。
稜線の両側はかなりの斜度で、稜線のすぐ下をトラバース気味に歩く時は足幅の幅しか無く踏み外して落ちないよう注意が必要だ。
落ちれば運が良くても20〜30mは転げ落ち、登って来るには相当の苦戦が待っている。

 

超嬉しい〜!

急な稜線を降り岩場がむき出しになった所にさしかかった。
大きな白っぽい茶色の岩に小さなピンクが見える。

「エッ! まさか!」鼓動が高鳴る。
ゆっくり近づいていく、間違いない。
図鑑でしか見た事の無い花、カムイビランジである。

カムイビランジ
岩場に可憐に咲くカムイビランジ

少し旬を過ぎかかっているが、まだまだ奇麗で可愛い。
淡いピンクが可憐さを引き立てているようだ。
いや〜、嬉しい!

付近に他にも咲いていないか探してみたが、ミヤマダイモンジソウがあるだけで、この株だけだった。

カムイビランジ

 

これが日高の稜線か

1807m峰へは本当に狭い幅50cmぐらいの稜線上を歩く所が何カ所も出てくる。
両側は切り立った斜面だ。風が無くても怖い。足下を注視せず少し遠くを見てバランスをとる。

踏み跡は続いているが、極端に薄くなり探す場面も多くなった。
視界が良く地形が見えているので、然程不安は無いが踏み跡が分からなければ心もとない。
こんな道にさらに背丈より高いハイマツの海が加わったのが、本来の日高の稜線なのだろう。

1807m峰へ着いた。
南へ厳しいアップダウンの続く稜線が果てしなく1823m峰へ続いている。
チャレンジ精神がどこまで維持出来るのか、少々不安になる。

稜線
1807m峰からの1823m峰へ続く稜線

ポツポツ雨が降り出した。
しばらく行くと、1602mコルが見えてきた。
そこには良いテン場があるとの情報を得ている。
次の1735mテン場または1823mテン場までは、順調に歩いても4時間は掛かる。
どうしようか、考えながらコルへと向かった。

 

快適テン場?

1602mコルは稜線上の小さな岩コブの下にある。
その岩コブから下は踏み跡が判然としなかったが、下が見えているので適当に岩を渡って降り立った。

コルには風よけの石組みがあり整地もされていて快適だ。
雨が本降りに近くなってきて、時間は早いが気分は萎えてきた。
急ぐ訳ではないし、よし今日はこれまで!
決めれば気持ちは楽になる。

そそくさとテントを張る。
脇の岩場からは、鳴きウサギの声が頻繁に聞こえている。
良い所だわ。そう思いながらテントを叩く雨音を子守唄に夕方までぐっすり昼寝を楽しんだ。

テン場
1602mコル 鳴きウサギも住んでいた

夕食前に風が強くなり始めたので、テントを補強する。雨はやんでいた。
大きめの石で張り綱をしっかり止め、すべてのペグを使ってテント本体を固定した。
これで少々風が吹いてもOKだ。

今日もアルファ米のみ夕食だ。
急に栄養失調になる訳でもなし大丈夫。ただでさえ、ふっくらと陰口を叩かれている身だ。
コイカクまで行って、うまい飯をたらふく食べようじゃないか。

夜、風が強くなった。雨と混じってテントは大揺れ、騒音の渦、何度も叩き起こされた。

 



アクシデント発生へ続く

 

 

 

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