樽前山 溶岩ドーム
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樽前山
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例年なら松の内に支笏湖周辺の山を訪れその年の初山として楽しんでいるのだが、今年は1月も末近くになっての初山である。
三が日こそ穏やかなお天気だったが1/5から連続して降り続いた大雪、連日の雪かきで腰を痛め何とか動けるようになったのが数日前なのである。そんな折、今年102歳になられる学生時代のクラブの部長でもあった恩師で私たちの媒酌人をして頂いた先生が入院されたという連絡がOB会を通じて入った。
お見舞いもご高齢のゆえ大人数が押しかけたらかえってご迷惑になるだろう、それなら樽前神社のご神体である樽前山の山頂からご快癒祈願をしてこようと思い立った。
朝起きるとまだ明けきらない青黒い空に煌々と月が輝き、明けの明星がひときわ明るく光っている。
サンルームの外側に吊るしてある温度計は-19℃を示し、見ただけで震え上がる。
近場だから急いでいく必要はないと言い訳しつつ温かい部屋でヌクヌクと過ごし、家を出たのは9時少し前。
テルモスに熱いコーヒー、熱いお茶を入れたペットボトルをネックウオーマーで包み、ダウンの他にもフリースをいつもより一枚多くザックに放り込んだ。
冬期の樽前山登山の実質的登山口である、冬季閉鎖中の道道樽前錦岡線のゲートでアイゼンとピッケルをザックに括りつけ、防寒対策を十二分に整える。
スノーシューを付けようとして驚いた。雪がわずか10cmぐらいしか無いのである。
千歳市の市街地よりずっと少ない。こんなこともあるのだなと驚きつつスノーシューもザックに括りつけて歩き出す。
7合目ヒュッテまでの中間点である樽前山登山道路のゲートまでツボ足で来た。
途中、苫小牧から来たという山スキーの人に追い抜かれる。
なかなか山慣れた雰囲気の人で上手にスキーを滑らせている。ゲートまで1時間10分、数年前はラッセルしながら1時間ほどで歩いた記憶がある。
歳をとり知らぬ間に体力が落ちているのを実感させられる。
しっかり意識していないととんだヘマをしてしまうかもしれない、心に刻み込む。いくら雪が少なくても、ここからは多くなるはずだとスノーシューを付ける。
ところがヒュッテ付近でも積雪は20cmほど、ツボ足でも問題なかった。
ヒュッテで先ほど追いぬかれた人がアイゼンに履き替えている、彼も山頂まで行くという。夏道沿いに登るなら風下に入るので雪も多くスノーシューで良いだろうが、真っ直ぐ頂上へ登るには風で雪が吹き飛ばされ硬いアイスバーンになることが多いのでアイゼンの方が良い。
アンパンを一つ口にしながら、アイゼンに履き替える。ヒュッテを出ると、先程の人ともう一人の先行者は夏道沿いにルートをとっている。
私は斜め右に林を突っ切り雪の大斜面へ抜け、直登ルートをとる。
林の中はさすがに雪が深く、膝上から腿ぐらいまでのラッセル、いささか難儀するが僅かな距離だとひたすら頑張る。
林を抜け山頂へ一直線のルートを
林を抜けると少し雪は締まり歩きやすくなってきた、それでも時折膝付近まで潜る。
風が吹き抜け硬くなっているような所を選びつつ、直登ルートを進んでいく。ヒュッテと山頂の1/3位進むと、雪はすっかり硬くなりアイゼンが気持良く効き快適になる。
ギュッ・ギュッ!とアイゼンの鳴る音が風もなく晴れ上がった静かな空間に響く。
風がなくても樹林から大雪原に出ると温度が急激に下がるのが実感される。
パーカーを着こみ、防寒帽で耳や頬を守る。振り返ると支笏湖が紋別岳を従え、限りなく濃い青の支笏湖ブルーをたたえている。美しい!
樹林帯を抜け 振り返ると・・・
次第に斜度が増してくる。
直登しているとアキレス腱が伸びて痛み出し、堪らずジグを切る。
青黒い樽前の空を引き裂くように真っ白な飛行機雲が伸びていく、無機質な雪や氷、わずかに生命感を感じさせる草木、すべてが渾然一体となり私自身もその一部になってしまったかのような感覚に陥る。
雪と氷と空と太陽 生きているのは私と白い航跡、僅かな草木
最後の標高差150mはアイゼンの歯がしっかり刺さらないほどの硬氷、一歩一歩しっかり蹴り込むが滑りそうで怖い。
斜度がきつくてジグを切りたいが滑りそうだし不安定になるので、ただひたすらに直登する。
アキレス腱が堪らなくなりアイゼンの前歯を使う、アキレス腱は楽になるが十分に蹴りこまなければ不安が一杯、今度はふくらはぎが震え出す。太陽の日差しが顔に当たって眩しい、陰の部分を登っていたのが稜線が近づき日差しを浴びるようになってきたのだ。
もう少し、頑張れ! 慎重に!稜線に飛び出した!
山頂の少し西側である。緊張感が緩み、同時に頬も緩む。周囲をゆっくり見回す。登ってきた斜面には点々と自分のトレースが苦闘の奇跡のように残っている。
見える、見える。最高の景観だ!
風不死岳と支笏湖
いつもは真っ黒い溶岩ドームも雪と氷を纏い、厳冬期特有の厳しくも清冽な表情を見せている。
それらの神々しい景観に向き合い、今日の登山の目的である恩師のご快癒を祈願する。
太陽が一片の雲に隠れたと思ったら、あたかも彩雲のような光景が出現した。
祈りが通じたような気がした。
先生の笑ったお顔が心に浮かんだ。
気温はピリリと低いが、視界抜群、大景観が広がっている。
夕張岳が横たわる千歳市の向こう側にデンと横たわっている。
夕張岳(中央右)と芦別岳(左)
気温のせいか、樽前の噴煙の量が多いように感じる。
火口原がいつもより大きく感じられ、外輪山の西山も遠くに感じられる。
樽前の火口原 溶岩ドームの左奥は西山
北から南は素晴らしい景観に恵まれている、西から南西側だけは雲がかかりやや残念だ。
日高の白き神々の姿が惜しげもなくその全容を見せている。
この時期、私など近寄ることも出来ない厳しい世界がそこにある。
長々と横たわる日高の山並み
そして苫小牧市から襟裳岬へ伸びる弓なりの海岸線が遥か彼方まで雄大に伸びている。
苫小牧市(中央) はるかに伸びる海岸線
寒さを耐えながら山頂で30分以上景観を楽しんだ。
熱いコーヒーで体を温め、パンでお腹を満たす。 ただ熱いお茶を入れてネックウオーマーに包んできたペットボトルは上の1/4程が凍りつき、飲むことはかなわなかった。
夏道から二人の男性が登ってきた。
挨拶もそこそこに記念写真を撮って下山していく。
風不死岳
私も下山することに、帰りは夏道沿いに降りる。
最初のトラバース気味に降りるところが少し嫌な感じだが、あとは気楽なものだ。
ヒュッテで今日登っていた人が一堂に会した。登頂の装備を解き、下山はスキーありスノボーあり、ツボ足ありそれぞれ、気持ちの良い挨拶をして別れを告げる。私はツボ足、登りは2時間もかかったけれど、下りは1時間半というところだろう。
15時を過ぎると薄暗くなってきて、少々心細い。
そんな時、カミさんからtel。遅くなっても連絡がないので心配したらしい。
しばらく馬鹿話で大笑いし、気をとりなおして一気に下山した。今年の初山、良い緊張を味わえ、目的であった恩師のご快癒祈願も無事済んで、満ち足りた初山山行となった。