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五度目の正直?
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神威岳の登山口である神威山荘へは、荻伏から上野深を経て元浦川沿いに延びる林道に入る。
約30kmある林道、昨年まで崩壊のため通行止めが続いていたが今年から通れるようになった。途中にある鍵のかかっていないゲートに入林届けのボックスがあり、ここで入山届を記入する、今年まだ数人目の神威岳登山者であった。
林道の崩壊していたところはすっかり補修されているが、それでも所々荒れているので走行には注意が必要だ。
前日の夕刻、すでに薄暗くなった荒れた林道を一人で走るのはいささか心細い。
落ちている鋭い角を持った岩を慎重に避け、ライトに光る鹿の目にクラクションを鳴らし、抉られた路肩を大回りで避けながら走ること1時間、ようやく山荘へ到着した。神威山荘は小さいがきれいでストーブやトイレもあり気持ちよく使える良い小屋だ。
午前3時に目覚め、意気揚々と外を見て驚いた。
何ということだ、霧がかかっていて一面乳白色ではないか!
またか〜! がっかりする思いだ。
だがよく見ると霧は地表まで降りてはいない。それに濃霧という程でもない。日照と共に晴れてくるのでは・・・。それなら出発を少し遅らせよう・・・。
再びシュラフに潜り込み、朝の5時まで一寝を楽しんだ。
5時半に神威山荘を出発する。
五度目ともなると勝手知ったる道、直ぐのニシュオマナイ川を渡渉し右岸沿いの道を行く。
雪解けで水量が多い、登山靴では濡れずに歩くのは難しい。
私は沢靴と山靴を両方用意するのが面倒で、スパイク長靴で通すつもりである。雨着のズボンを履いてきたが、朝露でびっしょりだ。草や花も露をまとって重そう。
C440m二股では右へ、C524m二股では左へ進む。
この辺りから沢は斜度も増してくるが、何の変哲もない面白みのない流れである。
何度も渡渉しながら
沢には巻き道もあるが、沢の中を進んでもさして変わらない。
渡渉点などの要所要所にはテープやペンキ、小さなケルンなどがあるのでC'Kしながら進んでいく。あたりは霧で視界も利かず鬱陶しい気配だが、朝露をまとった草や花が可憐でもある。
ミヤマハンショウヅル
林の中にはオオサクソウやアズマギク、ミヤマハンショウヅルが、河原にはカラシ菜の仲間たちがひっそりと咲いている。
カラシ菜の仲間
そして600mを超えるとウコンウツギが多くなってきた。
ウコンウツギ
C710m二股を右に入るといよいよ尾根取り付きだ。
ここからが神威岳登山の醍醐味、日高の日高らしい一直線の急登が待っている。
尾根の取り付き地点には岩にペンキ・マークが
山荘から着てきた雨着のズボン、表は露で中は汗でびっしょりだ。
同じ濡れるのなら蒸れないほうが気持ちいいと、尾根の取り付きに干して行くことにした。何度登っても凄いとしか言いようのない急傾斜、息の切れないゆっくりしたペースで笹をつかみ、木の根を頼りに、登るというより体を引き上げていく。
何時まで経っても足元から沢音が響いてくる。
F-15戦闘機で離陸後急上昇すると、飛行場が何時までも真下にあるのと同じような感覚だ。霧というより雲の中に入ってしまったようだ。
ムラサキヤシオの濃いピンクが霧の白いベールに映えている。
ムラサキヤシオ
ムラサキヤシオと対照的に新緑に映えているのがオオカメノキ。
なかなか清楚な美しさだ。
オオカメノキ
展望のない霧の尾根で、元気をくれるのは花たち。存在がありがたい。
道は掘れていたり、崩れかけていたりで登りにくい、おまけに笹がかぶり気味、少々鬱陶しいが掴んで登るには丁度いい。
C1200m付近で一度斜度が緩む、あたりが急に明るくなった。
樹林帯が途切れたのかと周囲を見渡すと、雲が切れ青空が覗きだしている。
「いいぞ〜! 待ってました!」
このまま晴れてくれれば、山頂につく頃には文句なしの大展望・・・、心なしか足取りも軽くなったようである。
陽が射し、青空が覗きだした!
足元に咲くシラネアオイも陽射しを浴びて気持よさそうだ。
シラネアオイ
ところが晴れそうになったのも束の間、わずか15分位で再び濃い霧に覆われ何も見えなくなってしまった。
「太陽、頑張れ! 貴方の暖かさで霧や雲など追いやってくださいな。 お願いしますよ!」尾根にはミネザクラが目立つようになってきた。
纏まって咲くと、シックでなかなか美しい。
ミネザクラの群落
ミネザクラ
尾根筋にも残雪が間近に見られるようになってきた。
コヨウラクツツジが赤い花を沢山付けている。こんなに花を付けているのは珍しい。
コヨウラクツツジ
大きな岩が目立つようになってきた。
大岩の脇を通りすぎようとした時だ、目の端にピンク色が飛び込んできた。
「あれ? まさか?」紛れもなくヒダカイワザクラである。
超・嬉しい! しかもまさに旬の花である。
ヒダカイワザクラ岩肌に貼りつくように、岩の隙間から這い出るように精一杯葉を広げ、ピンクの可憐な花を咲かせている。
可愛くて、愛おしい。
ヒダカイワザクラ近くにある大きな岩にもイワザクラの花が幾つも咲いていて、霧の中を登ってきたご褒美のような感じである。
またハンノキの仲間と思われる花も花粉を撒き散らす直前の美しい姿を見せていた。
ハンノキの仲間
尾根にはハイマツが多くなり、道も雪に覆われ始めた。
道を外すとハイマツで厄介だ、慎重に道を探しながら登っていくが僅かな距離だ。気配からも時間からも山頂は近い。
ふっと明るくなり前方に山影が見え出した。
あれが山頂なのか? まだ見たことのない神威岳の山頂、定かには判らない。
山頂付近?
青空も垣間見える、このまま晴れてほしい! 強く念じる。
再び霧が流れ、乳白色に閉ざされる。また山影が見え出した。山肌に霧がまとわりついて離れない。
どちらかが山頂か?
また霧に覆われる。
駄目かも知れないが、一縷の希望は捨てないでおこう。傾斜がゆるみ穏やかな道を歩いて行くと、派手な標柱が立っている。
見覚えのある山頂看板が標柱に立てかけてある。
神威岳山頂だ。
一面の乳白色に浮かぶ、神威岳山頂標識と標柱
久しぶりの神威岳山頂、だが今日も一面乳白色の霧の中。
力なくザックを下ろす。
山頂にはキバナシャクナゲが咲き誇っている。
キバナシャクナゲの群落
キバナシャクナゲ
標識脇の草むらに腰をおろし、コーヒーを飲みながらひたすら晴れるのを待つ。
太陽さえ見えないので磁石がなければ方向も判らない。
風が弱いのがありがたい。多分この方向にソエマツ〜楽古岳、あっちの方には中ノ岳〜ペテガリが見えているのだろうなと勝手な想像を膨らます。
少し明るくなったり、灰色に戻ったりを繰り返す。
パンも食べ、ゼリーも食べ、トマトも食べ、チーズも食べ、持ってきた食料の大半をお腹に入れても、青空だけは出てこない。
1時間以上粘ってみたが、神威岳の神様は今回もご機嫌斜めのようだ。
ザックを背負い、山頂標識にタッチをして、無念の思いで下山にかかる。
200m程降りてきたら、微かに北の方角が明るくなり山が垣間見えた。
中ノ岳の方だろう、うっすら青空も見えていて、後ろ髪をひかれる思いだ。
北のほうの視界が少しばかり・・・
急斜面を笹に掴まりながら降りるのはバランスを取るのに要注意だが、さすがに早い。
1時間と少しで尾根取り付き地点に戻ってきた。
雲の下に出て視界は良好だが山は雲の中、もう未練はない。
干してあった雨着のズボンを回収し、沢を下る。
ツバメオモトの花
朝登ってくるときは霧で薄暗く目立たなかった花たちも、夫々自分の存在を主張しあっている。
少し旬を過ぎた感はあるが、オオサクラソウが点々と咲いている。
ヒダカイワザクラほどの気品はないが、好きな花の一つである。
オオサクラソウ
オオサクラソウ
C440m二股近くまで降りてきた時、巻き道が沢に降りていくのに真っ直ぐ行く踏み跡があったのでそれに従って行くと、見覚えのない小滝が現れ、行く手は小さな函になっている。
確か、最初に訪れたとき迷い込んだ所だ。
登りには通らなかった小滝
100mほど戻るとテープが何本も下がっていて、そこから高巻きとなっている所だった。
道幅も広くなり、林の中を抜けていく。
林床にはクリンソウも最後の見せ場を飾っていた。
クリンソウ
クリンソウ
午後2時前に神威山荘に無事戻ってきた。
山には相変わらず雲がかかり、結局晴れなかったようだ。
小屋の脇の沢で体を洗い、青蕗を少しおみやげに頂いて山荘を後にした。荻伏や静内市街は晴天、僅かな距離なのにこんなにもお天気は違うものかと妙に感心する。
そこから見る日高の山は、厚いベールの雲の中だった。五度目の挑戦も退けられた神威岳、その素晴らしい大展望を見るために後何回訪れることになるのだろう。