天塩岳と表大雪の山々
|
天塩岳
|
煌々とした月明かりが真夜中とは思えない明るさで山々の輪郭を際立たせ、深い森の中にある山荘に降り注いでいる。
そう、私たちは天塩岳の麓にある天塩岳ヒュッテに一夜の宿を求めていたのだ。上川の愛別から道道101号線を北上、於鬼頭トンネルを過ぎ間もなく天塩岳登山口を示す大きな標識で右にUターンするように林道に入り、ポンテシオ湖を通って約17Km、林道の終点が天塩岳ヒュッテである。
大きな三角屋根の立派な山荘、駐車場や水道施設もあり外観も内部もよく手入れがされ綺麗に整備されている。
虫などが多く居心地が悪かったら車に寝ようと思っていたのだが、そんな不安は杞憂で快適に泊まることが出来た。
惜しむらくはトイレである。窓がはめ殺しになっているので匂いの逃げ場がなく、鼻がツンとし涙が滲み出るほどの強烈な匂い。
ポッチャントイレにはさして抵抗感のない私でもたじろくほど、今の若い人達にはとても使えない代物だ。
ぜひ匂い対策を施してより快適な山荘として頂けたらと思う。この晩、同宿は大阪から浪速NOのバイクでやってきた礼儀正しい明るい若者一人。
騒ぐ人もおらず、静かに山荘の夜は更けていった。
目覚めると素晴らしいお天気。明るい朝の光が初秋の森を季節外れの新緑色に染めている。
逸る気持ちを抑えつつ出発準備、同宿した若者は旧道を登り天塩岳から前天塩岳経由で歩くという。
旧道に関して知っている情報を教え、健闘を祈ってエールを送る。歩き始めの山道は林道のよう、若い白樺林の中を延びる道は明るく気持ちも弾む。
明るい白樺林の中を
天塩岳から流れ出るガマ沢は清らかで流れも穏やか、何度も沢を横切りながら徐々に山懐へと入っていく。
今回の天塩岳登山の序章はこのような穏やかで明るい雰囲気で始まった。ヒュッテから約30分で降りてくる予定である新道からの連絡路分岐、更に20分ほどで旧道との分岐である。
旧道と別れても道は概ねガマ沢と並行して登って行き、いつまでも沢音が聞こえてくる。
しばらく登り、ダケカンバの葉陰から円山あたりの稜線が見え隠れする辺りから直角に左に向きを変え、前天塩岳へ真っ直ぐに突き上げる尾根に乗る。最初は大きく次第に小さなジグを切りつつ、ほぼ真っすぐに直登する道は正直辛い。
ここが今回の登山のまさに正念場、一歩一歩ひたすら足を運ぶのみだ。
前回は休むことなく登り切った記憶があるが、今はとてもとても。
ダケカンバの道は見通しもなく風も通らない、堪らず2度ほど小休止だ。
ドライフルーツなど甘いものを口にしながら
「いや〜、つらいね〜!」
「こういう真っ直ぐな登りは上を見てはダメね、地面を見て歩くだけだわ」
「笑われるけどこんな時、南無大師遍照金剛とか六根清浄とか言いながら歩くと気が紛れるというか楽になる気がするんだよ」
「お遍路の時、何万回も唱えながら歩いたわよ。確かにリズムに乗れるし楽になるような気がするわよね」ダケカンバにハイマツが混じるようになると少しづつ空が広くなって、真っ白な秋雲が目に痛いほど。
筋状のもの、波状のもの、皿状のものなどが空一面に描いたように広がり、さらに雲を通して太陽が透けるような日輪を作っていて、思わず見とれてしまう。自然はすごい!
秋の雲が広がり、美しさに疲れも癒される
足元が歩きにくい砕石を積んだような岩屑の道に変わり、周囲もダケカンバからハイマツに変わると視界も開け始め山頂が近いことを教えてくれる。
「さあ、もう一頑張りだ」
振り返れば目指す天塩岳から円山へ延びる稜線、その向こうに表大雪の山々が雄大な姿を現している。
思わず歓声が上がるが、その声が強風に拐われてしまう。
遮るものもない山頂部、体がふらつくような強風に踏ん張っての歩みである。
風に耐えつつ、景観を
前天塩岳の山頂に立つが、強風にゆっくりする余裕はない。
チラリと大景観を横目で眺めつつ、風下側へ少し降り岩陰に腰を下ろす。表大雪や十勝連峰、北見山地の景観に初めて触れるカミさんは少々興奮気味。
トマトやスポーツ飲料を口にしながら山座同定に時を過ごした。
前天塩岳から天塩岳と表大雪の山々。天塩岳山頂へ向かう道は旧道登山路
いつまでも風待ちしている訳にもいかない。
意を決して天塩岳へと腰を上げた、普段なら稜線通しの大雪などの景観を楽しみながらのプロムナード。
けれどこの日は風と闘い、ハイマツの陰に逃げこみながらの歩みである。
コルまで降りると風は一段落、見上げる天塩岳が凛々しい。
コルから見上げる天塩岳
コルから山頂までは一登り、前回はオトギリやアキノキリンソウが咲き競っていた記憶があるが今回はそれらも終わりちょっぴり寂しい。
一登りと高を括っていたにもかかわらず、途中であえなく一休み。
体力が年々衰えていくのを実感させられる時でもある。
現実は現実として受け止め、それなりに楽しみを見いだせれば良しとしよう。前天塩岳を振り返ると、秋雲との共演が何とも美しい。
前天塩岳と広がる秋の雲
山頂まで後少しのところでヒュッテで同宿していた大阪の若者とすれ違う、あまりの強風に挨拶すら満足にできず手を振り合っただけに終わってしまった。
天塩岳山頂は強風が吹き荒れているのは見え見え、なので10mほど下の風が避けられる窪地にザックを下ろした。
小さな窪地はまさに暖かい陽だまり、心底ホッとして早お昼、大景観をおかずにしてお腹を満たす。気づくとあたりにはシラタマノキが白い実をたくさん付けている。
一粒採って、嗅いでみたらメントールの香りが漂った。
シラタマノキ
風が強いせいか遠くはややかすみ気味だけど、天塩岳山頂からは素晴らしい景色が広がっていた。
前回も素晴らしく知床の山並みまで見えた思いがある、今回はそこまではいかないが表大雪・東大雪・北大雪・十勝連峰・北見山地の山々がズラリと顔を揃えてお出迎えだ。今までと違った方向からの眺めにカミさんは大喜び、きっと短歌も沢山思い浮かんだに違いない。
天塩岳山頂からの表大雪の山々
ニセカウがとても大きく雄大に見える。
今回、天塩岳とどちらにしようか迷った平山はしっかり同定することが出来なかった。
「んと・・・、あの辺なんだよ。だから大雪の山はもっと間近に大きくみえるんだ。」
ニセカウ(右)など北大雪の山々
小1時間近く山頂直下の陽だまりでグダグダ時間を過ごし、下山にかかることに。
その前に三角点にタッチして記念写真ぐらい撮らなくては・・・
山頂は相変わらずの凄い風、恐れおののき僅か数十秒の滞在でサヨナラをしてしまったのだ。
天塩岳山頂
その時気づいたのだが、一人の男性が強風に揉まれ耐えながら腰を下ろしていた。
寒いだろうに辛抱強い人だな〜、目線と目線で挨拶して私たちは山頂を後にした。
きっと私達の後から新道を登ってきた方だろう。
砕石状の岩屑が積み重なった所を注意して歩き、円山へとゆるやかに下っていく。
風は相変わらず強いがハイマツから笹の斜面に入ると風が遮られ快適に歩ける。
この付近は高原状の稜線で気持ちのよい散歩道といった風情である。西天塩岳の近くには避難小屋、なかなか洒落ている小屋で別棟にトイレまで作られている。
内部は二階建てで綺麗に整備され、避難小屋というより常設の小屋のイメージだ。避難小屋からゆるやかな斜面を少し登ると円山。
背の低いハイマツに並んでウラシマツツジやゴゼンタチバナ、コケモモが紅葉し始め可憐。
ウラシマツツジ
円山付近からの天塩岳や前天塩岳の姿も引き締まってなかなか美しい。
天塩山地は南北方向からは丸みを帯び、東西方向からはやや尖って見える地形のようで西から見ることになる円山からは幾分凛々しく見える。
円山からの天塩岳。避難小屋付近からは三角錐に見える
前天塩岳は南西から見ることになり、三角形に尖った雄々しく鋭い姿である。
前天塩岳、苦戦した登路の尾根が正面に見える。
円山を後にすると笹の斜面を下り、ダケカンバの林へと入っていく。
もう風の心配はいらないと一安心だ。いつも下りは私より早くバランスも良いカミさんなのだが、急な下りに入ってから少し変。
足を庇っているように見える。以前痛めた足首をひねったのか?「どうかした? 足が痛いみたいだけど・・・」
「マメを作ってしまったみたい・・・」この山にトレランシューズは少し無理だったか?
軽いし楽だからと選択したトレランシューズだが、山靴と違いソールは薄いし履く靴下も薄いものになる。負荷が掛かり過ぎたのかも知れない。
自分が平気だからといって人に勧めたりしてはいけないな。
なにせ私の足は面の皮と同様分厚く出来ているのだから・・・。バンドエイドで応急処置をして、以後決して急がず慎重に慎重に時間を掛けて下山した。
新道からの連絡路から前天塩岳が名残を惜しむかのように姿を見せていた。
「さようなら、ありがとう!」
名残を惜しむかのように姿を見せてくれた前天塩岳
5年ぶりで訪れた天塩岳は今回も素晴らしい大景観で歓迎してくれ、落ち着いた静な山旅を楽しむことが出来た。
この日天塩岳を訪れたのは4名のみ、私達と大阪のバイク兄ちゃん、それに神戸からの単独男性の4人で貸切の天塩岳。
喧騒とはかけ離れた静かさもごちそうで、北国にはまだまだこのような山も多い。
強風に多少苦戦したが、その風に運ばれる秋雲は青空をバックに芸術を見るかのような素晴らしさで心打たれた。これだから山は堪らない、やめられない。正直そう思う。
そろそろ、紅葉の季節が始まる。
次は大雪に紅葉を見に行こうかな?
|