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プロローグ
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千歳市街はよく晴れている、ラジオによると札幌も良いお天気のようだし、予報も晴れて風も弱いと言っている。
車から垣間見える支笏湖方面は薄い雲が掛かっているが、間もなく晴れるだろう。樽前・錦岡線の冬季閉鎖のゲートで登山準備。
1台の車が停まっている、ヒュッテの管理人さんの車ではなく登山者のもののようだ。
積雪はゲートで30cmほど、途中で履くのも面倒なので最初からスノーシューで歩き始める。夏なら車で20分で7合目ヒュッテだが、冬は2時間掛けて歩かなくてはならない。
大変なアルバイトだけど、深い森のトレイルだと思えば得難いコースではある。
鹿やウサギなどのアニマルトラックを観察し、小鳥たちの歌声を聞きながらのトレイルだ。雪は徐々に深くなっていくが、ヒュッテの管理人さんがスノーモービルで踏んでくれているので快適に歩ける。
道の落ちているツルアジサイの枯れ花
樽前5合目のゲートで一休み、ヒュッテまで後1時間だ。
2時間の道のりはさすがに長い、最初は静寂さや動物の足跡・小鳥の声などを楽しむがそれもそんなに長続きはしない。
この道を歩く時は話し相手が必要だ。
ヒュッテまであと一息の所で下山してくる若者2名に出会った。
挨拶を交わし状況を聞くと、山頂部は風が強く立っていられないほどで危険を感じ登頂を諦め降りてきたという。
今年2月のことを思い出す、あの時も強烈な風に吹き飛ばされそうになり必死に逃げ降りたのだ。賢明な判断だと彼らを慰め、同様の状況なら無理せず景色を眺めて降りようと心を決める。
ヒュッテに着くと管理人さんは下山中で不在。
熱いコーヒーでリラックスし、甘いパンをお腹に入れる。
7合目ヒュッテ
ヒュッテから見る樽前山は時折日差しもあるが、流れの早い雲がひっきりなしに掛かっている。
何時もならここからアイゼンとピッケル装備で行くのだが、まだ冬の初めで雪はガリガリに凍ってはいないだろうとスノーシューのまま登ることにする。
山頂には流れの早い雲が掛かっている
登り始めて間もなく森林限界を超え、大雪原に出る。
樽前山の雪原から見る支笏湖は何度見ても美しく素晴らしい。期待して振り返る。
「ウ〜ン! 今日はかすみ気味でイマイチだな〜」
紋別岳などの山々も雲のせいかハッキリしない
風不死岳も山頂部を雲に隠している。
下山時には表情も変わっているはずと期待を胸に山頂へ足を進める。風に吹き飛ばされ積雪は殆どない、吹き溜まりに50cm位あるだけだ。
雪はクラストしているがさして硬くはなっておらずスノーシューの歯でも大丈夫そう。今年の2月の時は、直登して強風に襲われ大変な目に合ったので今日は夏道沿いに登る。
冬の樽前山は何時も風が強い、雪面には風紋が至る所にできていて模様を見ているだけでも面白い。
風紋
夏道沿いにある大岩を過ぎると、途端に風が強くなってきた。
巻き上げられた雪煙がつむじ風のようになって一面を覆い、視界が利かなくなってくる。
巻き上げられた雪がつむじ風のように
だけど、まだまだ大丈夫。耐風姿勢をとらなければ耐えられないほどではない。
トラバース気味に登っていく、硬い斜面でスノーシューが斜めになり歩きにくい。
だがこの風のなかでアイゼンに履き替える気持ちにはなれない。直登気味に登っては真横にトラバースを繰り返す。
斜面の風紋の様子が先ほどと違って険しくなってきたようだ。
風のせいか、風紋の形が変わってきた
益々風は激しさを増してきた。
まだ行こうと思えば行けるけれど、どうしよう?外輪山の稜線が霞みながら見えている、あと50mほどか。
薄い雲に入ってしまったようで視界は利かない。これでは登っても溶岩ドームも何も見えないだろう、馬鹿くさい。
そう思うと急にテンションが下がってしまった。
あっさり撤退である。
2月の時のような苦戦をすることもなく、自分のトレースを辿る。少し下がると風は嘘のように収まり、あっさりやめてしまった自分自身に忸怩たる思いを感じる。
「まっ、良いさ。樽前山には何時でも来れる、機嫌の良い時にまた来よう!」
気持ちを変えて、あとは展望を楽しみのんびり降りることにする。
支笏湖や紋別岳などの山々は相変わらず少し霞んでいる感じだが、それはそれで美しい。
風もない雪原を樹林帯へ向かって降りていく
木々の枝先はすでに赤く膨らみだし春に備えている。
私たちはこれからが冬本番と縮こまっているのに、自然は大したものだと感じざるを得ない。風不死岳も冬らしい姿、次回は風不死岳を訪れようか?
風不死岳
見るとヒュッテの煙突から煙があがっている。
青く輝く支笏湖を見納め、ヒュッテに戻ると管理人さんが買い出しを終え戻ってきた所だった。
しばらく雑談を交わし「また来てね」の言葉を背にヒュッテを後にした。
ヒュッテからは緩やかな下り坂。
ルンルン気分で降りられるはずなのに、疲れという重しが幾つも肩にのしかかってくる感じで辛い。
樽前の道でこんな感じになるなんで今まで無かったことだ。これが歳なのだろうか?
闇雲に体力勝負をするわけにはいかないのだ。
そのことを十分認識して、体力気力にあった山歩きをしていくことが大切なのだとしみじみ思った。