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鼻水
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剣山は芽室岳から東へ派生する支稜線末端のピーク、言わば十勝平野から出臍のように突き出た小山である。
剣山へ向かう車からは十勝平野から昇る朝日が大きく綺麗。
思わず車を停めて一礼だ。
カラマツ林に朝日が昇る
登山口である剣山神社の広い駐車場で準備を整え歩き出す。
低山だしファミリー登山の対象の山だとも聞いている。
緩やかに登っていく道を見ながら大したことはないなと感じていた。
しかしこれが全くのお門違いで「山椒は小粒でピリリと辛い」の言葉通り、低山ながら変化に富み、登りがいのある魅力的な山であることを歩くにつれ知るようになるのであった。
歩く道には点々と石造りの野仏様が置かれ、トリカブトの青紫の花が供花のように咲いている。
点々と置かれていた野仏様
道は一旦平坦となって、剣山の本体へ取り付いていくようだ。
次第に傾斜も急になり、さらには一気呵成の直登となり日高の山を感じさせる。汗まみれで登っていると何時の間にか鼻水も止まり、いつもと変わらぬ登山モードの自分がいる。
私にとって山は薬代わりなんて、ホームドクターに叱られるかな?登りついた所が「一ノ森」という小ピーク、少し外れた所に展望台が作られていた。
一ノ森展望台から見る十勝平野 正面にニペソツやウペペサンケなどが
一ノ森を過ぎると小さな急な登りを繰り返して二の森、三の森のピークを越えていく。
次第に蛙岩とか不動岩などという大きな岩が多くなり、この山の本質が岩山であることを実感させられる。三の森付近からは垂直に切り立った迫力ある剣山山頂が眺められ、緊張が高まる。
この辺りからが剣山登山の核心部、慎重に切れ落ちた足場を確かめながら進んでいく。
道が交錯している所もあり、より安全なルートを見極める事が必要だ。
迫力ある剣山の切り立った山頂
細い稜線からは穏やかに広がる十勝平野が眺められ、厳しい岩山との格差に面白さも倍増だ。
畑のモザイク模様も美しい十勝平野 遠くには東大雪の山々が見えている
やがて大きな岩壁の基部を進み、ロープや鎖で急斜面を攀じ、最後に垂直の岩壁に設置された梯子をロック・クライミングもどきで乗り越えると剣山の山頂に飛び出る。
まさに「山椒は小粒でピリリと辛い」の言葉通り、低山ながら変化に富み緊張も強いられる良い山、痺れる山でもある。
岩の積み重なる山頂はゆっくり腰を落ち着かせる場所もない位の狭さだが、その素晴らしい眺望には息を呑む。
昨日楽しんだ伏美岳やピパイロ岳、1967m峰、妙敷山が一望だ。
剣山山頂からピパイロ岳や伏美岳、妙敷山を見る
そしてその東側には十勝幌尻岳からエサオマントッタベツ岳の山並みが
十勝幌尻岳(左) 札内岳(中央) エサオマントッタベツ岳(右奥)
山頂から西には、稜線伝いに久山岳と芽室岳が
芽室岳(右奥) 右手前に久山岳
そして目を北側に転ずれば、平野の向こうには雪化粧した表大雪と十勝連峰の姿。
先日初雪の便りを聞いたばかりなのに、大雪の山頂部は真っ白だ。
十勝平野の向こうには、左から十勝連峰、表大雪、東大雪の山々
低山とは思えない素晴らしい眺望、昨日楽しんだ北日高の展望台「伏美岳」に劣らぬ素晴らしさだ。
その素晴らしい眺望の中で私の心を大きく揺さぶったのが、十勝幌尻岳の向こうに広がる数限りない山々の重なる陰影だ。
青と薄紫に染め分けられた山々の広がり、日高山脈の南の果てへ無数の山々が重なり連なっている。とても出来ないことだが、坂本直行さんのように重なり広がる山々の自然の中で暮らしながらその素晴らしさを味わい尽くしてみたい。
そんな思いに駆られ、呆けたようにその景観に見入ってしまった。
十勝幌尻岳の奥に山々の織りなす陰影が重なり広がる
高度感あふれる山頂の岩にはその名の通り、剣が突き立てられている。
霧島・高千穂峰の天の逆鉾を思わせる、そうここは信仰の山でもあるのだ。
山頂に突き立てられた剣が台地を見下ろす
リンゴとパンの簡単なお昼を摂りながら、景観に浸る。
歩いてきた剣山の前峰も岩をむき出しにした岩壁を見せている。
広がる畑の奥にはニペソツやウペペサンケなど東大雪の山並みが連なって雄大だ。
剣山の前峰と十勝平野、東大雪の山々
剣山のアイヌ名は「エエンネエン・ヌプリ」で、尖りに尖った山なのだそうだ。
簡単な山でわざわざ登るまでもない山と、見向きもしなかった剣山。
そんな恥ずかしい馬鹿な考えを根底から覆された今回の山行、剣山だった。「百聞は一見にしかず」と言われるとおり、自分の目で肌で実際に感じることが大切なのだ。
山にグレード等無い、どの山にもそれなりの魅力はあり素晴らしさがある。
山や自然だけではない、人にもだ。
そんなことは百も承知だし、分かっていると信じてきた。それなのに今回の剣山で自らの傲慢さに改めて気付かされた。
謙虚に素直に何事に対しても接していかなくてはならないことを肝に銘じ、これからを生きていきたいと強く思う。そんな観点からも「剣山」は、私にとって忘れ得ぬ大切な山となったのである。