朝の宇和島城
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朝寝
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龍光寺は三間のお稲荷さんと親しまれているだけあって、山門を入ると階段正面に稲荷神社があり手前左手にお寺はあった。
三間のお稲荷さん
付近の田園地帯を見下ろす高台にあり、小さく纏まったお寺でもある。
龍光寺
龍光寺からは元の道へ戻らず、すぐに右折し小高い丘を横切りショートカットする遍路道があり時間の短縮になるし、こちらの方が格段に気分良く歩ける自然の道だった。
自然の道を行く
佛木寺は茅葺き屋根の鐘楼と本堂屋根に輝く金の飾りが印象的。
古さ・侘び寂びの象徴と金満主義の象徴が並んでいるようでもあり、思わず「凄い金玉だな」と言ったらカミさんから睨まれた。
佛木寺本堂
本堂は品格のある姿をしている。
茅葺き屋根の鐘楼も良い感じ。
佛木寺鐘楼
佛木寺の山門前に二人のおじさんがみかんや餅、アイスクリームを売っていたので、みかんと餅を買い求め脇にあった休憩所で休みながら食べる。
このおじさん達、かなりいい加減な商売をしていて、せいぜい100円位の小さな草餅を350円で、傷物のみかんを250円で売っていた。
もう少し良心的にした方が売れるだろうにと可哀想に思った。
もっと驚いたのは10人程を引き連れた先達さんが大きな声で、ここのアイスは美味!と言って全員に買わせ、後から自分の分をおじさんから当然のように受け取っていたことだった。
佛木寺
佛木寺を出て間もなく、歯長峠への遍路道へ入る。
この入り口付近でおじいさんから夏みかんを一つずつ頂いた。
「わしも足が悪くなければ歩くのだが・・・、頑張りなさい」とエールを頂いた。
ありがとうございました。遍路道は昔からの旧道らしく木漏れ日の緩やかな土の道を少し登り、一旦道路に合流してまた山道を辿って歯長峠へ至る。
この二度目の登りはかなり厳しい登りで鎖も設置されていた。
ただし、確かめると支柱がぐらついているのもあり、余り頼りにしない方が無難である。
歯長峠の急坂
15分ほど頑張ると傾斜は緩み、歯長峠である。
頂いたみかんを美味しく頂きながら、しばし休憩。
しかし、歯長峠の本当の厳しさはここからの下りだと言っても良いと思う。
かなりきつい下りの上、滑り易い所もあり注意して下らないと足を痛める事になりかねない。
ご用心である。歯長峠を下りきって29号線沿いに歩き、道引大師の少し先にある休憩所で一休み、残しておいた草餅とみかんで気持ちも一新させる。
下宇和を過ぎ明石寺はもうすぐの筈、遍路マークに従って歩くが何か遠回りしているような感じでなかなか着かない。
高台の上には大きな博物館の建物が見えていた。1時半頃高台にある明石寺に着いたが、お腹が空いていたので門前にあるお店の大師うどんで遅いお昼にした。
明石寺山門
明石寺は重厚さを感ずるお寺、丁度桜が5〜6分咲きで一際映えていた。
明石寺本堂
心を込めてお参り。
バスが2台到着していて昨日と同じ嫌な思いをするかと心配したが、このグループは本堂の斜め横に整列してお参りしたので、私達も支障無くお参りする事が出来た。
美しい境内
ただ、納経所はアルバイトの兄ちゃん達が大きなバッグに納経帳などを一杯詰め込んで来ており私達は20分程じっと待たされた。
見ているとアルバイトの兄ちゃん、納経帳などを受け取ると建物の陰でバッグに投げ入れ始めた。
彼も自分自身で馬鹿らしい事をやっていると思っているのだろう、ちょっぴり微笑ましくなった。明石寺からは愛媛県歴史文化博物館の脇を通り、卯之町から上宇和へ通じる遍路道を歩く。
ここで携帯のベルが鳴る。
「たかさん、いま石鎚山の山頂!」松山のNEさんだ。
「エッ!」と驚く。
何とNEさん、私達を案内する為に石鎚山の様子を偵察に行って下さったのだ。
まだ会った事も無い人間の為にここまでする人がいるのか・・・!
嬉しくて有り難くて涙が出そうになった。卯之町付近の中町と言う所に、白壁に黒格子の歴史を感じさせる町並みがありその中を歩く。
料亭で結婚式が行われている気配、人力車が二台外で待機していた。
古く美しい町並み
国道を歩いていると元気なおばさんから甘夏を2つお接待して頂く。
仲良さそうに歩いていたからと、追いかけて来てくれたのだそうだ。
「お礼なら、写真撮らせて」と携帯を向けられ、恥ずかしかった。
ありがとうございました。今日の宿は上宇和にある「宇和パークホテル」
大きなお風呂でゆったり体を休め、自分達のペースでのんびり過ごした。
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