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結願
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カミさんが少し目眩がすると言う。
3時過ぎに起きても目眩は治らず、顔色は青白く目も力なくうつろ。
出発を遅らせて様子を見ようと言うが、外の空気に当たった方が良いので予定通りに行くと言う。
心配だったが、タクシーに乗り込み、窓を開けて出発した。まだ真っ暗な中、塚原から3号線をヘッドランプを点けてゆっくり歩き出した。
昨夜からの雨は概ね上がっているが、道はしっとりと濡れている。
最初は私が前を歩いていたが、ザックの紐が揺れるのが目に入るとフラツくと言うので前を歩いてもらう。
1時間と少しで前山ダム、1時間半で道の駅、何か食べられそうか聞くが食欲は全く無く、野菜ジュースをほんの僅か口にしただけ。
5時半を過ぎても周囲はまだ暗い、曇っていて山は雲の中のようである。このまま進むべきかどうか悩む、でも早朝で休む所もない。
ゆっくり歩き続けることにする。
来栖のバス停を過ぎて、旧道の遍路道へ入って行く。
道は舗装されており、斜度も極めて緩やか、これならまだ大丈夫だ。
天候は霧というより雲の中、湿度が高く気温が低いので呼吸が楽なのが唯一の救いだ。来栖渓谷という沢や幾つもある廃屋の間を歩き、遍路道は何度も車道を横切りながら緩やかに登って行く。
1時間程経って、少し食べられそうというのでゼリーとバナナを少し食べる。
本人は大分良くなってきたと言う、目に力が少し戻った感じもする。
ゼリーを食べられた
高度400mを超えると少し山道らしくなってきた、途中遍路橋が付け替えられた所を通り車道をもう一度横切ると、女体山への登りとなる。
女体山への登り
カミさんの調子も大分良くなってきた、目に輝きが戻り、足下もしっかりしている。
女体山はネットなどでは、四つん這いになって登ったとの記事もあったのでどんな所かと思っていたが、少し岩が多い山道で全く心配はいらなかった。
女体山
雲の中で視界はゼロ、残念ながら何も見えない。
女体山の下りは岩場もなく階段下り、足への衝撃はあるが安全だ。
道のあちこちに「結願」と書かれた札が幾つも吊り下げられている。雲の下に出たら明るく視界は良好、山肌の新緑が眩しい位だ。
女体山の下り
やがて大きな屋根が見え始め、犬の吠える声が聞こえてきた。
目眩に苦しめられたのに、よく頑張った。
ついに結願の寺、大窪寺に到着だ。
女体山から降りてくると大窪寺へは山門を通らずに入ることになる。
最後の札所を裏口入門、俺の人生もこんなものかなと一人苦笑い。
大窪寺
まだ誰もいない大窪寺はしっとりとした雰囲気の中に建っていた。
お参りの際、ああこれで88の札所を回り終わったのだなと少し感傷的な気持ちになったが、お経を唱えていると無心になれた。
少し離れた大師堂にも心を込めてお参り、「お大師様、有り難うございました」深々と頭を下げた。
そして納経、カミさんは金剛杖を納めさせて頂いた。
大窪寺山門
一区切りつきホッとしていると一人の男性が近づいてきて、結願した方の写真を撮りたくて昨日から来ている、是非お願いしたいと言う。
北海道旭川の人だった。
彼が撮ってくれた結願の顔
お受けして、しばらくお話ししていると上空の霧が晴れ始め、本堂の裏手に女体山が姿を現し始めた。
登っている時は全然気付かなかったが、岩肌の鋭い岩峰で大窪寺の神々しさを演出している大切な山なのだと認識した。
姿を見せてくれた女体山
山門前のお店がまだ8時半すぎだというのに営業していた。
カミさんに聞くとうどんなら食べられそうだというので、釜揚げうどんをお願いする。
目眩の時は、前回もうどんで元気になった。因縁があるのかしら・・・。
大窪寺から與田寺まで約18km。
一部旧道を歩くが山間部に延びる県道を歩いて行く。
旧道を通って
約2時間で白鳥温泉、中々近代的な温泉施設のようだ。
面白いことに白鳥温泉の真向かいに黒川温泉というのもある、泉源が違うらしい。
風情のある池を通り
三宝寺の境内で昼食休憩、菩提樹が植えられていたのでじっくり観察、シナの木に似ているように思えた。
さらに下って平地へ、高速道路を潜れば與田寺はすぐだった。
着いた〜與田寺だ!
周囲が住宅地だったのでどうかなと思っていたが、與田寺はとても落ち着いた静かな場所にあるお寺。
満願のお礼と今後の努力・精進をお誓いし、最後のお参りを心を込めて行った。
與田寺多宝塔
納経をお願いする、子供達へのお守りを頂く。
「終わったな」「終わったわね」それだけで気持ちは十分伝わってきた。
與田寺山門
與田寺で着替えをさせてもらい、お遍路姿からバックパッカー姿へ変身。
10分程の大内の高速バスストップへ向かい、高速バスに乗り込んだ。僅か2時間半で大阪に着くと言う。
2時間半、今の私の感覚では10kmの意識しか出来ない時間だ。
これまでの距離感、時間感覚とは異次元の世界。
まさに、仙人か今浦島になってしまった気分である。大阪では大学同期で家族ぐるみでお付き合いしているKT君の所へ。
携帯でリモートコントロールされつつ、何とか彼の待つ駅にたどり着いた。
結願を祝福されつつ久々の痛飲、彼の細やかな気遣いに感謝しつつ楽しい時間を過ごさせてもらった。
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