遍路42日目

(高野山、金剛峰寺、奥の院)

金剛峰寺
金剛峰寺

 

遍路42日目
2008.4.15
(火) 晴れ

1130 大阪
KT君宅
1330〜1355 金剛峰寺
1410〜1530 奥の院
1800 大阪
KY君宅
   
今日の歩行距離
10,634歩
6.6km
総歩行距離
1934,843歩
1219.7km

高野山

今日は高野山詣、二人で電車を使って行くつもりであったがKT君ご夫妻が同行してくれると言う。
友情に感謝して車に便乗、高野山へは大阪から約70km。

クネクネと狭い山道を車で登ると、大門と呼ばれる大きな赤い山門が出迎えてくれた。
高野山は標高800m程の山の上にある広大な台地、南北3km東西6kmという広さで、100以上の寺院、大学、高校があり、8000人の人が暮らしているそうだ。
世界遺産に指定されたせいか、外国人の姿も多く、僧侶が正装して普通に歩いているなど独特の雰囲気を醸し出している。

なんでも、「一山境内地」と言って高野山の全てがお寺の境内なのだそうだ。
麓では既に散っていた桜も、山頂台地では丁度見頃、桜好きのKT君ご夫妻は大喜びだ。

桜

 

さくら

 

金剛峰寺

山門を入って度肝を抜かれた、驚いた。
荘厳、華麗、壮大、なにより美しい。
四国の霊場も素晴らしかったが、桁が違うとはこのことだろう。

金剛峰寺金剛峰寺


お参りをするというより、見学するという気分になってしまう。
巡礼装束に着替えてお参りしようと思うのだが、誰一人としてそのような姿・格好の人はいない。
気恥ずかしくなり納経所のお坊さんにどうすべきかお聞きする。
「そのように感じられる方が多いのですが、ここは真の結願の場所ですし、お大師様への御礼の場所ですから、どうぞ奥の院からは着られてお参りして下さい」と言われる。
対応も実に親切で丁寧だ。

金剛峰寺KT君ご夫妻と

金剛峰寺のふすま絵や庭園も素晴らしいとしか言いようのないものであった。

 

参道の武将達

奥の院の参道沿いには大名の約4割の墓所があるそう、その他にも高僧や有名人のお墓所が所狭しと並んでいる。

武将豊臣家の墓所

 

現代の企業や団体の墓所も数多く、信仰というより宣伝の臭いが強いものも見受けられる。

浅野家の墓所武将

 

いずれにしても、お大師様の御廟のそばで眠れば極楽浄土へ行けるという気持ちが強いのではなかろうか。

高僧親鸞の墓所

 

 

奥の院

杉の並木が続く参道、奥の院とはどんな所なのかと期待が膨らむ。

奥の院奥の院参道

 

一の橋から二の橋を通り、御廟まで約2kmの長い参道。
お大師様へお礼を申し上げる為だけに歩く。

奥の院で奥の院

 

次第に参道はうっそうとした杉の大木に覆われ昼なお暗い厳かな感じになってきた。

奥の院御供所

 

立派な建物があった、ここが奥の院かと思ったら御供所という納経所兼休憩所のような所だった。

水掛地蔵奥の院

参道の一番奥、杉の大木に囲まれた場所に奥の院、すなわちお大師様の御廟はあった。
御廟の前には灯籠堂という大きなお堂があり沢山のお灯明が薄暗いお堂の中で光を放っている。
これまでお参りの場では、お遍路は菅笠を取らなくても良いとされてきたがここはお大師様の御廟、笠を取ってお参りする。

奥の院
奥の院(ここから先は撮影禁止)

御廟はこの灯籠堂の裏手、さらに奥にある。
ここで、これまでの御礼と最後のお参り。

さすがに、こみ上げて来るものを感じながら、神妙に心からお参りと御礼をさせて頂いた。

四国88カ所巡礼の最後を飾るに本当にふさわしい、まさに心洗われ心を磨かれる場所であった。

これで私達夫婦の四国歩き遍路旅は終結した。
清々しい思いと、チョッピリの達成感、そして大いなる感謝の気持ちを持って・・・。

ありがとうございました。

 

奥の院

 

 

歩いたら何日かかるのだろう。
車で曲がりくねった山道をグングン登って高野山金剛峰寺へ。
この広さ、建物の大きさに圧倒される。

両側に老木が生い茂り、灯籠、墓石群がぎっしり並んでいる奥の院への道を歩けば、四国88カ所の雨の日、晴れの日の風景や折々に接した人たちの顔が浮かんできた。

ここまで一緒に来た笠を取ってお大師様の御廟に立ち、「四国を無事に歩かせて頂きました。有り難うございました」と声に出すと、胸が熱くなって言葉につまり手を合わせて深々と頭を下げる。

お礼参りに同行して頂いた、ご夫婦に感謝の気持ち一杯。

 

仰ぎ見て 心すがしき 高野山

 

 

 

ー 完 ー

 

 

 

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