日の出のグラデーション(北戸蔦別岳から) 遠景はピパイロ岳、伏美岳、妙敷山
私と函館に住む岳友のSGさんには、四国歩き遍路の時に夫々が大変お世話になった愛媛のNGさんと言う共通の友人がいる。
性格はもちろん、財力・知力・胆力まで全く異なる三人であるが、一つだけ共通点がある。
それは今年66歳、同じ年。 いわば 『トリオ66』なのである。そのNGさんが『北海道を心ゆくまで楽しみ、山々を歩きたい』との長年の夢を果たすためにやって来た。
大雪山系に雪が降るまでの約4ヶ月間、SGさんと二人で「NGさん、さすらい旅」のお手伝いを引き受けた。今回の山旅は、四国の石鎚山に800回も登り玄人はだしのカメラマンでもあるNGさんへの、私とSGさんからのささやかなお礼山行なのである。
花好きで山好きの彼が腹の底から喜び・満足してもらえる山はどこか?
二人で相談して決めたのが、日高の北戸蔦別岳をベースにして、ピパイロ岳と幌尻岳までの豪快な稜線歩きを楽しんでもらおうと言うものだった、しかしピークを踏む事にはこだわらないというNGさんの意向を踏まえ、幌尻岳に変えて天上の楽園・七つ沼の早春を満喫してもらう事にしたのだ。
予定した行動日程は次の通りである。
第一日目 | 6/25(金) | 二岐沢〜ヌカビラ岳〜北戸蔦別岳 |
第二日目 | 6/26(土) | 北戸蔦別岳〜1967m峰〜ピパイロ岳 往復 |
第三日目 | 6/27(日) | 北戸蔦別岳〜戸蔦別岳〜七つ沼 その後往路を経て下山 |
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再会
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朝5時に登山口へ向けて出発、国道274号線千栄のチロロ橋を右折して二岐沢出合いへと走らせる。
まずNGさんを興奮状態へ誘うべく用意したのが、彼のぜひ見たい花の一つである「ヒダカハナシノブ」との出合いである。
このホームページの貫気別山に載せているヒダカハナシノブに魅せられ、何としても見てみたいと言う。
私が所属しているメーリングリストの人達から情報を頂き、この林道や登山口からの道に咲いていると言う確信があったのだ。「あった、あった!」所々に群れ咲いている。
思いもしなかった夢との早々の出合いにNGさん、驚喜してカメラを構えている。
ところがである、「光線の具合が・・・、もう少し良い表情の花は無いか?」と、なかなか撮影が終わらないのである。
「下山時には太陽も昇っていて花びらも開きますよ」と渋々納得してもらったが、カメラマン根性を見せつけられた思いがした。
ハナシノブ
今回の山行はNGさんへのお礼の意味もある事から、彼には個人装具のみ持ってもらい、あとはSGさんと私が引き受けた。
NGさんは40ℓザック、SGさんは65ℓ、私は60ℓである。遡っていく二の沢は何の変哲も無い沢で巻き道もしっかり、徒渉は数度しか無い。
それでも登るにつれ沢幅も狭くルートも不明瞭になってくる。
前方に沢を埋める雪渓が見え始め、沢の表情にアクセントが見え始めた。
行く手に雪渓が
エゾノリュウキンカが群れ咲き、雪渓とのコントラストが美しい。
雪渓はすでに溶けて途切れていたり、薄くなっている所があるので要注意だ。
C1000mで正面に滝が現われ轟々たる音を響かせていた、ここから右手の尾根に登山道は延びている。
大滝
取り付いた尾根は急だ。
特に取り付き始めの100mほどは急で、この先どうなっていくのかと不安になるほどだ。
薄暗い樹林帯の急斜面、見晴らしも無く、キツくて会話も無くなる辛い時間帯。
これが日高らしい愚直な登りだ! と言いたいが、嫌いになられたら困る。
これを凌げば、日高らしい爽快な稜線歩きと花達が待っているとNGさんに声をかける。ありがたい事に、この尾根の途中に「トッタの泉」という湧き水が出ている。
わずかな量だが枯れる事は無く、本当に元気をくれる命の水である。
ここで休憩をかね、明日からの水を汲み、担ぎ上げなくてはならない。
一人5ℓを汲んでザックにおさめる。グッと重くなったザックを背に一歩一歩を進めていくと岳樺の間からカンラン岩の特徴である赤っぽい岩の目立つヌカビラ岳の姿が目に入るようになってきた。
ヌカビラ岳
残っている雪渓を慎重に登り、カンラン岩の基部へ向かい、岩を縫うように行くと、ピンクの可憐な花が幾つも咲いている。
「ありがとう! 待っていてくれたのね!」
カムイコザクラである。
カムイコザクラ
すでに旬は過ぎているが、私たちを待っていたかのように今年最後の姿を見せている。
NGさん、今日2回目の驚喜である。
カメラのシャッターを押し続けている、それもなま半端ではない。
今使用しているカメラは半年間ですでに十万回のシャッターを切ったそうだ。
カムイコザクラ
私もカムイコザクラに出会うのは初めてである。
ヒダカイワザクラと同じように見えるが、SGさんによると産毛が濃いと言う。
以前8月に同じこの場所でミヤマアケボノソウを見た、カンラン岩というのは貴重で特異な花を育てる職人なのだろうか。
稜線に飛び出した。
風もあり涼しく最高の気分だ。
おまけに昨日までの雨で空気中の塵や埃が洗い流されたごとく、澄み切った空が広がっている。
チロロ岳
夕張岳や芦別岳、十勝連峰に大雪の山々、遠く羊蹄山までがハッキリ姿を見せている。
山々を眺め、花々を愛でながら歩く稜線は何とも気持ちが良く、浮き立つようである。
ただ所々にハイマツを潜る所や熊の掘り返しがあり、初体験のNGさんにとっては、最高の気分と少しの不快さが入り交じったかも知れない。昼過ぎに北戸蔦別岳に到着。
山頂に二張りのテントを張るが、狭い山頂にはぎりぎりのスペース。
私たちのテントで山頂は占領だ、ここを期待して来られる人には申し訳ないが日曜日の昼までは、私たちの貸し切りである。
山頂で記念写真 (SGさん撮影) 左からSGさん、NGさん、私
荷物の整理をした後は、景色を見ながら話をしたり、昼寝をしたり、おやつを食べたりと、まったりした時間が流れ気持ちが良い。
山頂のテン場
山頂からの大展望は素晴らしいの一語に尽きる。
SGさんを中心に山座同定、山男は山の姿を見てその名前を叫んでいればハッピーな単純な人間なのだ。
北戸蔦別岳から幌尻岳(右)戸蔦別岳(中央)その向こう側には十勝幌尻岳、札内岳、エサオマンなど
幌尻岳の北カール、戸蔦別岳のBカールの残雪の白さがアクセントになって景観を引き締めているようだ。
明日、歩く予定である北側の1967m峰、ピパイロ岳もその姿を見せている。
1967m峰(中央奥)とピパイロ岳(右)
山頂にテントを張る魅力の一つは、夜明けと夕景が見られる事であろう。
素晴らしい夕焼けショーを期待して待つ事にしよう。
NGさんは、夕食もそこそこに場所を選んでカメラを構えている。
夕日を浴びて赤く染まりだした幌尻岳と戸蔦別岳
風が強くなり気温も下がってきた。
薄手のダウンを羽織っても寒いぐらいである。
落日
落日は、荘厳で美しい。
晴れ過ぎて空全体が夕焼けに染まる事は無かったが、神秘さを感じる一時だった。
日の入りと同時に反対側から満月が昇ってきた。
エサオマンと満月、これまた絵になる自然のプレゼントだ。
エサオマンと満月
寒気が入ってきたのだろうか、それにしても寒い。
ダウンの上に雨着を着込んでも寒い。
私とSGさんは耐え切れず、テントに逃げ込みシュラフに潜り込んだ。所がである、NGさんは防寒具も着ないで撮影を続けている。
「よっしゃ〜! よう写ったで〜!」
「ええい、その雲どかんかいな!」
北海道の人間が寒さに負けシュラフにくるまっていると言うのに、四国の人が平然と外にいる。
この粘りと執念がプロ根性なのか!「寒うは無かったで〜!」とNGさんがテントに入ってきたのは、それから小1時間が経ってからだった。
『恐れ入りました!』