朝の北穂(右)と槍ヶ岳
|
黎明
|
黎明の富士
北穂高岳の南峰に来た時、北峰脇から朝日が顔を出した。
神々しい一瞬である。
道は岩場の上り下りを繰り返しながら滝谷の脇を通り、涸沢のコルへと向かう。
鎖や梯子が幾つも出てくるが、いずれもあった方が楽という程度のもの。
余り必要性を感じない、それよりコースははっきりしているけれど少しでも外れると途端に浮き石やザレて歩きにくくなる。ペンキマークに気を配りコースを少しも外れない事が肝心なようである。
朝の笠ヶ岳
涸沢のコルから涸沢槍、そして涸沢岳。
この辺りが縦走の核心部だ。
緊張しコースを外さないよう慎重に登る。慎重さが功を奏したのか、怖い思いをする事も無く涸沢岳の稜線に出た。
涸沢岳付近から槍ヶ岳をZoom Up
涸沢岳からは北穂からの岩の稜線を確認することができ、こんな険しい所を歩いて来たのかと驚く。
慎重な一歩一歩が険しい道を乗り越える唯一の手段なのだなと強く感じる。
山歩きは人生と一緒とよく言うが、全くその通りだと思う。
地道な目立たない一歩一歩の努力、積み重ねが、いつかは頂へと導いてくれる。
派手で無鉄砲な行動をすれば、人目は惹くだろうが転落の危険が待ち受けている。
私は自他ともに認める、慎重派だ。
北穂と槍
涸沢岳からは白出のコルに建つ、穂高山荘とヘリポートがすぐ下に見える。
山荘のテラスをお借りして、ブランチ。
北穂小屋で作ってもらったお弁当は、もう少し後から食べる事にして昨日残った菓子パンにチーズ。
コーヒーが欲しい所だが、ここは我慢。もっとも穂高山荘に頼めばコーヒーも飲めるようだった。ここから穂高最高峰の奥穂高へ取り付く。
小屋を出発した若い二人連れが15分ほど先に登り始めていたが、見るからに危なっかしい。
岩にへばりついてしまうので、手元足下が見えないのだ。
すぐに追いつき、「ゆっくり慎重に行きましょう」と声をかけ追い抜かせてもらう。急斜面を登り切り、やや平坦な道を行けば奥穂山頂である。
360度視界抜群、奥穂は素晴らしい大景観で迎えてくれた。
ジャンダルムから西穂への稜線 左下は焼岳
奥穂から西穂への厳しい岩の稜線が今日はハッキリ見えている。
撤退した9.7とは大違いだ。そして北側は槍ヶ岳やその北の山々の姿も一望だ。
山座同定も見えすぎて、かえって難しい。
奥穂から北を見る
穂高連峰再訪の旅の後に訪れる予定の劔岳も、雲を棚引かせているがしっかりその姿を見せている。
良いお天気で迎えて頂戴ね!
薬師岳、鷲羽岳、水晶岳などが眼を惹く
槍ヶ岳の北西には西鎌尾根の樅沢岳や双六岳、その奥には三股蓮華や鷲羽岳、水晶岳、さらに奥には大きな山体の薬師岳がどっしりと端座している。
本当に素晴らしい、素晴らしすぎる大景観。
山頂に居る人達は皆さん、その景色に酔っているかのようだ。
ただ私は大景観に酔いしれながらも、心の底では醒めていた。そう、ジャンダルムから西穂へ続く岩の稜線、先日ガスと雨で途中撤退を余儀なくされた縦走路がすぐそこにハッキリと見えているからだ。
今日ならきっと歩き通しただろうと思うと残念な気持ちがする。
ジャンダルムとロバの耳が精悍な姿で、来いよと誘っているようにも見える。
ジャンダルム ここを登って奥穂へ来ていた筈なのに・・・
正直、悔しさがこみ上げてくる。
もう終わった事と自分の気持ちに踏ん切りを付けた筈なのに、この悔しさは何なのだろう?
歩きたかった怨念のようなものだろうか?じっと西穂へ続く稜線を眺めていたら、目頭が熱くなって来た。
もう止めよう、人生諦めも肝心だ。
このルートは諦めたんだし、それは運命みたいなものだ。
今更クヨクヨするな! 自分の心を叱咤する。悔しさを振り払うように、勢い良く立ち上がり、奥穂を後にし前穂に足を向ける。
今からの目標は前穂なのだ。
振り向かないつもりだったが、つい振り返ると奥穂が私をじっと見つめているようだった。
さよなら!
奥穂
前穂は穂高連峰縦走の最後のピーク、最後に相応しい鋭く凛々しい山容と岩尾根を持っている。
その前穂に向かって小さなアップダウンを繰り返しながら最低コルへ降りていく。
正面に端座する前穂の鋭峰、幾つものピークを持つ北尾根が魅力的だ。
近づく前穂と北尾根
右側には広大な岳沢から上高地への谷が広がっていて、そのさらに右手には西穂から奥穂への岩の稜線が圧倒的な存在感を見せつけている。
先日撤退した間ノ岳が稜線の中間付近に赤茶けた山肌を見せている。
西穂から奥穂への稜線
コルからは意外な程なだらかな道を進むと、間もなく喜美子平。
岳沢から登って来た人達が大勢休んでいる。
お弁当の半分を食べ、ザックをデポして前穂へと登る。
カメラと水筒を手に持って登るが、これが意外に大変。
やはりサブザックに入れて登るべきだった、岩場も急で甘く見てはいけない所だった。岩場の急登に耐え、前穂に辿り着く。
穂高連峰最終ピークに相応しい、展望の山頂である。
前穂からの大展望、穂高から槍への3000mスカイラインが目の前に
穂高連峰から槍ヶ岳へ続くスカイライン、東鎌尾根、表銀座や後立山連峰の山々が惜しげも無く姿を見せている。
そして南側には真下に岳沢から梓川、上高地、大正沼の谷が広がり、焼岳や乗鞍や木曽の山並みが広がり、見る者の気持ちまで大きく豊かになるような景色である。
前穂から南を見る
前穂から喜美子平へ戻り、いよいよ縦走の最終章、岳沢を経由して上高地へ降りる。
喜美子平から岳沢への道は重太郎新道と名付けられた、終止厳しい下りの道である。
途中、雷鳥広場とか岳沢パノラマと名付けられた所があるが厳しい尾根の休憩ポイントに過ぎない。この道を登るのは許してほしいと思うほどの急傾斜の連続である。
登って来る人はいずれも苦しそう、でもあえて登る人達に敬意を表したい、そんな登りである。直射日光を燦々と浴びて、いい加減嫌になる頃、岳沢小屋に着いた。
2006年に雪崩で以前あった小屋が壊れ、今年になって立て直されたそうだ。
小屋の広場で休憩させてもらい、元気を回復。
この小屋は場所的にもありがたい存在では無いだろうか。岳沢小屋から斜度の緩んだ道を約1時間半。
観光客が三々五々散策している明神池と上高地の間に飛び出る。
汗と汚れで臭うような風体、最新モードのご夫人たちに遠慮しながら上高地のバスターミナルへ急いだ。
穂高連峰再訪の山旅は二度に分けて穂高を楽しんだ。
前段は天候判断を間違え台風の前兆でガスと雨、目指した西穂〜奥穂の途中で岩が滑りだし、危険と判断して途中撤退した。
後段は天気にも恵まれ、大展望を満喫しながら北穂〜奥穂〜前穂の縦走を楽しめた。悔しさ半分、嬉しさ半分の山旅であったが、数十年振りに自分の足で歩いてみて、忘れていたり混同していた記憶を新たにすることができた。
穂高はやはり素晴らしい山であった。
そしてそれは今まで以上に深く私の心に刻み込まれた。
もう生涯訪れる事は無いだろうが、私の心のアルバムはカラーでリニューアルされ、その状態で保存されるに違いない。