夕照の流氷
ダイヤモンドダストやサンピラーなどの自然現象、-30℃にもなる寒さは北国の冬の代名詞だが、オホーツクの流氷もそれらに負けず劣らず北海道の冬を代表するものだ。
雪祭りや氷の祭典・シバレ体験など北海道らしいイベントが各地で開催される中、流氷見物や流氷体験はオホーツクだけで経験できる冬の一大イベントである。近年は流氷の海を航海し、船上から流氷やそこに生きる生き物達の姿を眺められるツアーが人気を集めているそうで、我がカミさんもそんな光景に憧れ夢見る一人である。
そんな折り今年は流氷の南下が早く量も多めと聞き、思い切って訪れる事とした。計画した日程は次の通りである。
日時 |
行程 |
2/14(火) |
・札幌(0755)〜(流氷特急「オホーツクの風」)〜網走(1321) |
2/15(水) |
・網走(1025)〜(流氷ノロッコ号)〜知床斜里(1120) |
何時もは節約旅行で車で出かけ泊まるのは道の駅で車中泊が相場の私達、今回は慣れない道東の冬道を走るのは不安と言う事もありJRを使っての旅行である。
札幌発の流氷特急「オホーツクの風」は、通常の車両より背が高く見晴らしの良い展望車両。
ゆったりした座席で座り心地もなかなかだ。
流氷特急「オホーツクの風」
今年、雪雲の通り道になってしまった感のある岩見沢〜瀧川は2m以上の積雪で除排雪が追いつかなかったり、家屋が倒壊したりの雪害が出て気の毒なほどだ。
この日も江別付近から雪となり岩見沢〜深川にかけては吹雪模様。
車窓から見る風景はモノトーンに薄暗く沈み、沿線の家々の屋根には我が家の4・5倍はありそうな雪、まさに雪に埋まっていて朝から多くの人達が屋根の雪下ろし、ご苦労のほどがしのばれる。
私などは怖くてとても二階の屋根には登れないし、そこからの雪下ろしなど想像外の作業である。
旭川を過ぎると雪も止み、列車では初めてとなる車窓の風景を楽しみながら丸瀬布・遠軽へと進んでいく。
残念ながら低い雲でニセカウや支湧別岳・武利岳などの山は見る事叶わなかった。
お昼時になり家から持参した暖かいお茶やコーヒー・みかんやカミさん手作りのお赤飯のおにぎりでお腹を満たしていると、車内放送で地域の有名駅弁や名産品を販売しているとの事。
心配性で何でも家から持ってくるなんてジジイ・ババアのやる事なのではと、カミさんと顔を見合わせ笑ってしまう。
「おお、恥ずかし!」
流氷特急「オホーツクの風」の車内
遠軽駅で周りの皆さんが一斉に立ち上がって座席の向きを変え始めた。
レールが行き止まりになっていてスイッチバックのように方向を変えて走り出すのだそうだ。
あわてて皆さんの真似をする。そして単線故の事なのだろう、反対方向から来る列車が遅れているからとかなりの時間待ち合わせが何度もあるのも珍しい経験だ。
そんなこんなで網走駅には約20分遅れで到着、でも大雪で不通にならなくて何よりでした。
この日、網走は気温が高く-2℃位、道路も溶けて車が水煙を巻き上げながら走っている。
寒さには慣れていると私達は家の近くを散歩するのと変わらない服装、手袋も薄手のものだが丁度良い。
流氷観光船の港までは駅から1.3Kmほど、歩いても20分かからない。
私達の予約した観光船は夕日に輝く流氷が見られるかもと1530発、のんびり市内の様子を見ながら歩く。
流氷観光船「オーロラ号」の港に着くと海に見えるのは鉛色の海水だけ、流氷の一かけらも見る事は出来ない。
「あら〜! せっかく来たのにこれじゃ見られないかもね。」正直気落ちする思いだ。
案内所へ行くと、「南風で流氷は沖合へ流されています。船で流氷域まで行きますが少し余分に時間がかかります」とのこと。
ここまで来て流氷が見られないでは残念極まりない。少しでも見られそうなので運を天に任せて行ってみよう。乗船する「オーロラ号」は意外にもかなり小さい。
400トン台の小さな砕氷船、大丈夫なのかいなと少々不安になる大きさである。
オーロラ号
いよいよ乗船開始、団体の人達が多く満員状態、大盛況である。
寒いと言う評判が定着しているのか、皆さんとてつもなく着膨れている、特に中国からの皆さんは南極にでも行くかのような出立ちだ。
沖合に出るまで流氷は無いと言うので空いている1階の客室に入る、多くの人達は甲板デッキにいるようだ。
オーロラ号客室
出航してしばらくすると海面が油でも流したようにねっとりした感じに変わって来た。
海水温が低くなっているのだろうか?
網走港を後に イザ出航
流氷が見えだしたとの声にデッキに上がる。
デッキには寒い思いで待ち続けた人達で一杯、立錐の余地もない位だ。
「しまった」と思ったがもう遅い、暖かい船室でヌクヌクとしていた罰だ。
背伸びして海面を見、頭を下げて隙間からカメラを入れさせて頂く。
一路、流氷の漂う海域へ
流氷域に入ったと言っても盛り上がり重なり合ったような大きな流氷ではなく、蓮の葉状の大きさ10m〜20m位のそう厚くない氷が漂っている。
蓮の葉状の流氷が海面を覆っている
確かに流氷の海ではあるが、勇壮な感じは受けない。
チョッピリ期待はずれの感は否めない。
ただ、さらに沖合には真っ白に輝く密度の濃い流氷群が夕日に赤く染まっていた。
広がる流氷、手前は船の救命筏
厚さが薄いせいか船が進んでも氷と当たる衝撃はないし、衝突音もしない。
ただ、船と当たってヒックリ返る氷の側面は青氷で濃いブルーが眼にも鮮やかだ。
延々と漂う流氷群
流氷の所々に点のような黒いものがある、良く見ると鳥である。
望遠レンズを最大にして見ると、オジロワシだ。離れた所には嘴と足が黄色く、黒い羽に白い模様のあるオオワシも流氷の上に止まっている。
じっくりレンズを向けて狙いたいのだが、人がたくさんで前に出られない。
仕方なく隙間からレンズを突き出させてもらいシャッターを切るが固定できず、まともに撮れるとは思えない。
下手な鉄砲も数撃ちゃ・・・で、枚数勝負だ。でも、家に帰りパソコンに取り込んでみたら全てピンぼけ気味でご紹介に値する写真は皆無であった。
残念・残念・残念至極である。
最初からデッキに出て寒い思いに耐えながら待つのが、良い写真をとる秘訣であったとは・・・。
やがて船は向きを変え、真正面に夕日が落ちていく網走港へと戻っていく。
せめてこれだけは写真に収めたい。
流氷ツアーのクライマックスは終わったと船室へ戻っていく人の空いた場所に移り、夕日と流氷を狙う。
夕日に照らされた流氷の海を進む
順光とは趣を異にして逆光の流氷の一つ一つが自己主張しているように感じる。
オレンジ色に染まる海面も美しい。
カメラのセッティングを色々変化させてみる。
夕日に浮かぶ流氷
夕日は短い時間で刻々と色と表情を変えていく。
流氷域を航行している間に、その表情を切り取りたい。
そんな思いで、何枚かシャッターを切った。
流氷と輝く夕日
網走に着いて流氷が接岸していないと知って、せっかく来たのに流氷も見られずに帰らなければならないかも知れないと一時は落胆し諦めかけただけに、薄い蓮の葉氷であっても海一面を覆い尽くす流氷を見られて嬉しかった。
「何とか見られて良かったね〜」と満足して喜び合いながら今夜の宿である網走のホテルへと向かった。
冬の湿原号を押す「C-11蒸気機関車」
網走周辺の海岸に流氷が接岸していれば、早朝から行って間近から眺め楽しむつもりであったが海岸には流氷の一かけらもないのだから、する事もない。
家にいてもこんなに寝た事はないと言う位朝寝を楽しみ、10時ごろホテルを出た。
網走駅から斜里までは海岸線をじっくり眺めながらゆったりした時間を楽しむ、流氷ノロッコ号での1時間。
流氷ノロッコ号
車内には石炭ストーブが焚かれ、窓際には北国の動物たちのぬいぐるみ、木の質素な椅子とテーブルと大きな窓と言う造りで旅心をくすぐる演出だ。
ただ木の椅子は見た目はともかく座っているとお尻が冷たく痛くなるのがちと辛い。車内では女性販売員が素人離れした解説や民話などを紹介してくれるし、乗車記念カードが配布されるなどサービス満点。
JRもやれば出来るじゃない?
簡素な造りだが旅の心をくすぐる演出が・・・
残念ながら流氷は接岸していないので海岸風景は単調。
すぐに飽きて中国からの観光客の皆さんは売店で購入したスルメやタラの干物などをストーブで焼いて大はしゃぎ。
私達も用意して来た干物をと思ったが、余りもの盛況さに遠慮して彼らに場所を譲る。
楽しそうな彼らの表情を眺めていると、こちらまで楽しく愉快になって来るようだ。
斜里へ着き、標茶へ向かうバスに乗り込むと同時に辺りが暗くなって来た。
突然横殴りの風と雪、あっという間に辺り一面白一色の世界、本州から来られている観光客の人達はビックリして声もない。吹雪の中、バスは慎重に峠を越え弟子屈町を通って約2時間で標茶へ無事到着した。
標茶から釧路までは釧路湿原の中をSL(蒸気機関車)が引く列車でのんびり走るのが売りの「SL 冬の湿原号」に乗り込む。
「SL 冬の湿原号」のC-11蒸気機関車
車内はノロッコ号と同様、石炭ストーブが焚かれゆったりした座席、ノロッコ号のように木の椅子ではないのでお尻が冷たくなく快適だ。
蒸気機関車に引かれて雪原を驀進する列車、腹に響き渡る野太い汽笛、激しく往復するピストンの音、時折客車を覆い隠すように流れ来る煙と匂い、小さかった頃を思い出す懐かしさがそこにはある。
「白いブラウスの襟に小さな煤煙が一杯くっついて、払い落とすのが大変だったのよ」
「トンネルに入る度に煤煙よけの網戸をその都度降ろしたよな」
思い出話に花が咲くひと時だ。
冬の湿原号の車内
今回は大はしゃぎして騒ぐ中国からの人達もいないので、持っきた干物をストーブで炙り旅情を感じつつ冬の釧路湿原の景観を楽しむ。
昨年の晩秋、道東の山旅で釧路湿原付近も車で走った。
だが車と列車とでは同じ所を走っても受ける印象は大分違う、同じ所の筈なのに現在見ている感じと昨秋の印象の記憶がなかなか一致しないのだ。
列車には列車の、車には車の良い所があり、両方楽しむのが贅沢と言うものだろう。車内放送で丹頂鶴がいるとのこと、スピードを落としてゆっくり見させてくれる。
こういう配慮、良いな〜! JRさん、見直しましたよ。早速望遠レンズで丹頂たちの姿を連写。
でも車内からのガラス越しと光線の具合からかピントが甘く、しっかり撮影する事は出来なかった。
ガラス越しの撮影って、うまく撮るコツってあるのだろうか?
湿原で遊ぶ丹頂鶴
今は無人駅の近くの駅が有人だった頃、駅員さんがエサをやり続けたお陰で今も丹頂たちが時々遊びに来るのだそうだ。
僅かな時間だったが、丹頂鶴の優美な姿に感動した。鶴はこの時だけだったが、オジロワシも見られたし、エゾシカなどはこんなに居るのかと驚くほどの数であった。
さすが道東、自然が一段と豊かな所なのだと感じた。
湿原の中を流れる釧路川
風によって移動する流氷、一夜にして海岸を覆い尽くす事もあるそうだし、逆に沖合に流され見えない時もある。
今回は海岸に接岸し押し合いへし合い盛り上がるような勇壮な光景は見られなかったが、観光砕氷船から何とかその姿を目にすることができたし、流氷と夕日の競演を目の当たりにする事も出来た。列車の旅も車旅では経験できない良さがあり、存分に楽しむことができた。
冬の北国の旅は天候に左右される事が多く、私達の旅の前日には大雪で旭川までの列車に大幅な遅れや運休が出たし、翌日は石勝線で事故が起きた。
そう言う意味では流氷も湿原も概ね楽しめ、計画通り事故もなく帰って来れて幸運だったと思うし、思い切って行って良かったと思った。
残り少ない私達の人生、悔いを残す事の無いよう、山に旅行に趣味にチャンスがあればチャレンジしていこうと心に誓った旅でもあった。
(流氷特急オホーツクの風にて)
(流氷砕氷船オーロラ号にて)
(流氷ノロッコ号にて)
(SL冬の湿原号にて)
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