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プロローグ
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白井川沿いから見る、定山渓天狗岳
登山口へ林道を歩いていると、早くも虫が寄ってくる。
久方ぶりの獲物なのだろうか、プ〜ン・プ〜ンとしつこい事この上ない。
おまけに耳や眼の中にまで飛び込んでくる。
堪らず熊の沢の登山口でザックを降ろし、虫除けスプレーとハッカを顔や手、服や帽子に吹き付け、塗りたくる。
虫達も生きる為に必死なのだろうが、こちらも良い顔ばかりしていられない。この時期の登山には虫対策は必須である。
女性の方は虫除けネットなども必要ではなかろうか。
定山渓天狗岳の登山道、熊の沢コースはその名の通り、沢を遡っていく。
沢の中を歩くことは無いが、基本的に沢歩きと思った方が良い。登山口から最初は沢から少し離れて進むがすぐに沢沿いとなり、何度も徒渉や高巻きを繰り返しながら高度を上げていく変化に富んだ行程である。
特にC560m地点の滝を巻き、岩をトラバースする所は濡れている時は要注意であろう。
C560mの滝、左岸を巻く
C560mの滝を見下ろす、左のロープ場をトラバースする
昨日までの雨で沢の水量は多くなっているようだが、靴を濡らすほどではない。
でも沢から溢れた水で山道は濡れ、ぬかるみ滑ることおびただしい。新緑の若葉からの木漏れ日、鳥の鳴き声、大きくなったり小さくなったりする沢の音、眼を休ませてくれる滝、気持ちのよい時間が続く。
泥濘んで「ヌチャヌチャ」音を立てている足下だけが気色悪い。
気持ちも和む水の流れ
左岸には見上げる岩壁が迫り、岩山であることを示している。
岩壁が迫る
やがて右手の支流に入り、さらに詰めて行く。
20mほどの落差の滝も現れた。
落差のある三段の滝
次第に傾斜は強まり、濡れて泥濘んだ道は登るのにも一苦労するほどだ。
ストックの助けを借り、木や根を掴んで体を引き上げる。
正直、下りが心配になる道である。沢筋をさらに詰めて行くと、岩壁横の急斜面にお花畑が現れた。
これまでほとんど花の姿を見なかっただけにとても嬉しい。
大雨に叩かれ、まだ水滴が乾いていない花達は、少し可愛そう。
まずはチシマフウロたちがお出迎え
タカネナデシコは雨に叩かれしおれ気味。お日さまに当たって元気になってもらいたいな。
タカネナデシコ
小さな白い可憐な花が咲いている。
ハコベかフスマの仲間かと思って見るが、どうも違うようだ。
葉の形や花弁に小さな斑点があるところからは、シコタンソウにも見えるが、定山渓天狗岳にあるのだろうか?
ご存知の方はお教えいただきたい。
シコタンソウ?
小さな草地にへばりつくように、ミヤマラッキョウが咲いていた。
ミヤマラッキョウ
豆科のイワオウギが茎を一杯に伸ばして穂のように花をつけている。
イワオウギ
本峰と第二峰、第三峰との間の急斜面を上り詰めると、ロープが垂らされている30mほどのルンゼに出る。
前回はロープのお世話にならず登り切った記憶があるが、今回は濡れて滑る上に靴底が泥でヌチャヌチャ、しっかりお世話になって這い上がった。
ルンゼ
ルンゼを乗り切り、明るい岩稜を少し行くと定山渓天狗岳の山頂である。
雲がやや多めながら、札幌湖を取り囲むように定山渓の山々が立ち並んでいる。
山頂から札幌湖、左に烏帽子岳と神威岳
暖かい日差し、そよぐ風、高度感溢れる切れ落ちた岩壁、霞ながらも広がる大景観、誠に気持ちがいい。
ザックを降ろし、ギンギンに冷やしてきたコーヒーで一人乾杯。
冷たさが美味しさ、ごちそうだ。
烏帽子岳(左)と神威岳(右)
札幌湖を挟んで、神威岳が独特の冠をかぶったような姿を見せている。
その稜線続きにはこれまたその姿から名付けられた、烏帽子岳だ。東にはアンテナ群を背中に立てた手稲山、平らな姿が航空母艦のようだ。
手稲山
おにぎりやゼリーを食べながら、景色を楽しみ山座同定に浸る。
羊蹄山とニセコ連山(右)
汗を拭こうと帽子を取って「ドキン」とした。
汗で曇ってファインダーが良く見えないと、お花畑で外して帽子に挿し掛けたサングラスが無いのである。
どこに落としたのか、皆目見当もつかない。
山頂にて、後ろは札幌岳
とても気に入っていて、長年愛用してきた一品である。
クヨクヨしても仕方ないが、惜しげを感じるものなのだ。
帰りに探しながら降りることによう。
落とし物で山を汚すのも気が引けるし・・・。
下山にかかる。
普通ならルンルン気分でと言うところなのだが、まだ乾かずに濡れて泥濘んでいる急坂を下るのは、登る以上に大変だ。
ルンゼでは固定ロープにしっかりお世話になり、その後もストックに頼り、木に掴まり、慎重に真剣に下る。
泥の急斜面はグリセードならぬドロセードで滑り落ちる。第二峰だろうか、岩稜が眼に入るがゆっくり眺める気持ちにもなれない。
第二峰
それでも、惜しくて眼を配りサングラスを探すけれど、見つからないままお花畑まで降りてきた。
残念だけど諦めるよりほかは無い。
花の写真もUPで撮ろうと思っていたけれど、手は泥でべっとり。
とてもレンズを交換する気にもなれない。その後も膝を庇いつつ、泥と戦い、足を滑らせ、尻餅をつきながら、這々の体で登山口へ戻ってきた。
いやはや、濡れて滑る定山渓天狗岳は手強い山であった。
膝のリハビリの総仕上げに変化の富んだ山道を歩いてみようと訪れた定山渓天狗岳、沢や岩などの他に、大雨で水を含んだ土、濡れた岩、滑る斜面など予想以上の変化、危険を感じるほどであった。
ここで怪我をしては元も子もないと慎重の上にも慎重に行動した。
時間は掛かったが、なんとか無事下山した。靴もスパッツも泥だらけ、手袋も土まみれだ。
家に帰ると、カミさんが「まあ! どうしたの?」
ズボンのお尻にも泥がびっしりと付いていたのである。サングラスを亡くしたと話すと「大事にしていたのに残念ね。でも新しいものも気分が変わっていいものよ、明日にでも誂えに行きましょう」
女性の方が諦めというのか、踏ん切りが良いのかな〜。