尾瀬沼と燧ヶ岳
ピックアップ
迫力と奇っ怪さを持つ、谷川岳と妙義山の山容を存分に堪能した翌日の7/17(火)は、約1週間にわたり都心近郊で用事を済ましていたカミさんをピックアップして、次の目的地である「尾瀬」の登山口まで移動することに終止した。
カミさんの用事の第一は、今年2月に実のお姉さんが膵臓癌と診断され抗癌剤治療を受けている、そのお見舞いと治療の様子を確認するためである。
第二は、時期を同じくして彼女の高校時代のクラス会が行われることになり友人たちから強いお招きを受け、それに参加するためである。
第三は、埼玉に住む長女を訪れ、娘や孫達とひと時を過ごしたいという希望によるものである。
「命に危険を及ぼす恐れのある猛暑」と呼ばれる暑さの中、北海道とは比較にならない交通量しかも慣れない道を運転するのは、山歩きよりずっと辛い。
たどり着いた長女の家でとりあえず2時間ほどのお昼寝。なんとか生気を取り戻した。カミさんをピックアップしてから、尾瀬の登山口である檜枝岐村への移動も大変だった。
東北自動車道は何処まで行っても3車線の道路に車がびっしり、左側の走行車線を100Kmの定速で走っていても何度も直前に割り込まれるなど、緊張の連続であった。
そんな中、唯一ホッとし楽しめたのは宇都宮サービスエリアの名物「餃子」。
「暑い最中に熱い餃子でもあるまい」と思ったが、名物だからと頂いたのがなんとも美味しかった。宇都宮餃子恐るべしである。その後、那須塩原・会津田島を通って檜枝岐に着いたのは、夕暮れ間近の時間帯。
尾瀬 第一日目 (7/18 水)
沼山峠付近から尾瀬沼を遠望
尾瀬の記憶
「尾瀬」と言う言葉を聞いただけで、美しい清涼な風景・若かりし青春時代の思い出などを連想したり、心に浮かべる方が多いのでは? と思う。
私自身もミズバショウやニッコウキスゲの大群落、至仏山と燧ヶ岳に挟まれた湿原の木道、友人や仲間達との清らかな思い出、などなどが浮かんでくる。
カミさん、実は尾瀬に行ったことがない。
本当? と驚くが、彼女にとっては空想の尾瀬であったようだ。
そんなカミさんに現実の尾瀬を感じてもらいたくて、尾瀬行きを計画した。ミズバショウやキスゲ・カンゾウの群落は北海道のあちこちで見ている。
雨竜沼湿原などは尾瀬のミニ版と言っても良いほどで、夫婦で何度も訪れている。でも私の記憶にある尾瀬の美しさは別格だ。
キスゲで黄色に染まる尾瀬ヶ原は、私の頭の中で拡大し誇張され続けていたのかもしれない。「雨竜沼湿原も素晴らしいけれど、尾瀬にはね!」と言っていた私のプライドにかけても、「すご〜い!」と言わせる素晴らしさ・美しさを見せてほしい。
お願いしますよ。
清々しい〜!
早朝の御池駐車場には、かなりの車が止まっている。
燧ヶ岳に向かう人、三条の滝へ向かう人、それぞれだ。
私達は朝一番のバスで沼山峠バス停へ、約15分ほどだ。
運転手さんは親切にも景色の良いところでバスを止め、森や生き物などの話を聞かせてくれる。ゆっくり準備を整えひんやりした早朝の空気の中を歩き出す。
峠までは緩やかな登りで、一息だ。峠を少し降りたところから尾瀬沼の一部が見え隠れ。
山々と茜色に染まった雲と森林とが相まって、きれいな景観が広がった。
緩やかな下りを約1時間、尾瀬沼手前の大江湿原にやってきた。
早朝に霧が出ていたのか、その名残が山の端に残りとても良い雰囲気だ。
山の端に霧が残り、天使の梯子もかかっていた
キスゲがちらほら花を見せ始めた。
でも、やけに少ないな?
キスゲ
大江湿原の中心部に来て黄色が目立ち始めたが、私の記憶とは大きくかけ離れている。
それでもカミさんは、うれしそう。
キスゲの黄色が目立ち始めた
「きっと尾瀬ヶ原には、いっぱい咲いているよ」
と言うものの、まばらな茎の数を見て一抹の不安がよぎる。
お久しぶり〜!
尾瀬沼にある長蔵小屋やビジターセンターに近づいていくと、今まで手前の山に隠れていた燧ヶ岳が右手に姿を現した。
何十年ぶりの再会、そんな気分である。
何十年ぶりの燧ヶ岳が・・・
予定ルートは尾瀬沼の北岸を行くのだが、沼越しの風景を見たくて長蔵小屋の裏手から沼の脇に出てみる。
尾瀬沼越しの燧ヶ岳、これは記憶にある光景と一致していて、やはり素晴らしい。
何故か、あの頂に立った時のことが季節ごと鮮明に思い出され、ちょっぴり切ないような気分に。
小屋に泊まっていた人たちの話を、聞くとはなしに聞いてしまった。
「尾瀬はただの草っ原になってしまった。もう昔には戻れないだろうな。」
「鹿が皆食ってしまったそうだ」
「それにしても期待はずれだな。もう来ることはないな」などなど・・・。いや〜、参ったな。本当なのだろうか?
燧ヶ岳の上にきれいな雲がかかっている、広角レンズに取り替えて一枚だ。
燧ヶ岳と秋の空?
こんな筈では〜!
予定のルートに戻り、尾瀬沼の北岸を歩き沼尻平を経て尾瀬ヶ原の見晴(十文字)へと向かう。
尾瀬沼の北岸を歩くと言っても、湖面を見るのはほんの一部。
大半は樹林の中の上り下りで面白みはない。沼尻平には綺麗なトイレ小屋があり使わせてもらう。ただし一人一回200円だ。
ビジターセンターから概ね3時間弱で、見晴地区へ。
小屋が何軒か並んでいて、休憩所があり冷たい水も得られてありがたい。
小屋のおじいさんと小さなお孫さんが小型エンジンで動く運搬車でゴミの片づけをされていた。
子供は何でも遊びにしてしまう天才だなと感心してしまう。温度計は見当たらないが、多分32・33℃位になっているのでは・・・。
とにかく暑い、でもせっかくの尾瀬、頑張らなくては。
尾瀬ヶ原からの燧ヶ岳
尾瀬ヶ原を歩きだして、尾瀬の異変を明確に実感。
ニッコウキスゲなど全く見当たらないのだ。花がないだけでなく、茎が見当たらない。
仔細に観察すれば、モウセンゴケやワタスゲ、オゼソウ、トウゲブキ、サワランなどが見られるけれど、全体としてみればただの草原が広がっているだけ。
至仏山をバックに
カミさんも異変に気づいたらしく、「北海道も鹿の被害が多いけれど、こちらはそれ以上ね」と諦め顔。
残念な気持ちに暑さが追い打ち。 勘弁してよ。点在する池塘にはヒツジグサが沢山浮いているが、時間が早いのかみんな蕾状態だ。
池塘と白樺
高校の研修遠足なのか、10名ほどのグループが何組もガイドに連れられて尾瀬ヶ原を散策している。
私が記憶しているような尾瀬ヶ原であったなら学生諸君もガイドもやりがいを感じただろうに、現状では無理やり引き回されている家畜みたいなものだ。
ベンチで休憩している生徒たちの大半は、暑さに参ってうつろな目をしていた。
至仏山と、 生徒たちのパーティが何組も散策していた
熱中症か?
見晴から竜宮〜牛首分岐、ヨッピ吊橋から今日の宿である東電小屋へ、尾瀬らしい景観や花を探しながら歩く。
気力で歩いていたが、次第に暑さにやられ口数も少なくなってくる。
ベンチがある度に休み、水を飲む。
食欲はなく、受け付けるのはフルーツと水のみ。午後1時近くになって、ヒツジグサが開花し始めた。未刻ってこの時間なのかな?
ヒツジグサ
ヒツジグサのお蔭で、少しやる気が戻り、写真を撮る気持ちも戻ってきた。
燧ヶ岳と
義務感で歩いている感じになってきた。
写真を撮るのさえ、「まっ、いいか」億劫に感じられる。
カミさんに「記念にどう?」と水を向けても「いいわ」と疲れた顔でつれない返事。ヨッピ吊橋、本来は撮影ポイントなのだろうがパス。
ここから僅か30分の東電小屋が、途轍もなく遠く感じられたのだった。
燧ヶ岳と白樺
極楽だ〜!
東電小屋に着くと、「暑い中お疲れ様。お風呂にもお部屋にもすぐに入れます。」との嬉しい言葉。
部屋に荷物をおろし、早速お風呂へ。
環境保全のためシャンプーや石鹸は使えないが、汗を流せるだけで天国。そして夕食まで二人共ぐっすり昼寝。熱中症寸前状態からすっかり回復した。
さらに、最近の山小屋はこんなにすごいのかと思わせる品数の夕食。
大満足の美味しさでした。尾瀬の花の少なさに関しては、小屋でも話題になり、皆さん一様に残念がっていた。
小屋の方も、花の話より星やホタルの話題を提供するのに懸命の様子だった。
霧の朝
幻想の夜明け
この日の予定ルートは、ヨッピ吊橋まで戻り竜宮、見晴経由で三条の滝、御池駐車場。
早朝目覚め、外を見ると一面の濃霧。
朝食を摂り終わっても、状況は変わらず。そこで計画を変更、まっすぐ三条の滝を目指すことに。
霧の朝は幻想的で日常から切り離された世界に放り出された感じ。
気温も低く、いたく気持ち良い。
何でもない光景が幻想的に
霧の原を彷徨い歩く模擬体験しながら、気持ちよく歩く。
霧は赤田代の温泉小屋まで続き、その後は次第に薄れていった。
激しすぎて恐い!
赤田代の温泉小屋をすぎると、只見川となる沢沿いを下っていく。
一部岩場混じりのきつい下りもあり、濡れている時は要注意だ。かなり下って、岩場からナメ滝を見下ろせる場所に出た。
「平滑の滝」と言うそうだ。
平滑の滝
ナメ滝を上から撮影するので、私の技量では表現するのが難しい。お許しあれ。
平滑の滝からかなり下って、三条の滝への分岐。
登り返しを思うと余り下りたくないのだが、結構下らされて着いたところが三条の滝。水量が尋常なく多く、凄まじい迫力で流れ落ちている。一体、毎秒何トンの水が落下しているのか?
展望デッキが滝から結構離れているから安心だけど、滝壺の側にあったとしたら、とても近寄れない激しさだ。
三条の滝
幅30m、落差100m、 直瀑としては日本一と言われるのも納得の大迫力である。
以前、屋久島の大川の滝で思わず後ずさりしてしまったことがあったが、それに勝るとも劣らない迫力であった。
三条の滝 展望テラスで
レンズを変えて滝壺付近をメインに撮ってみる。
水の勢いを表現するために、撮影諸元を変えながら撮ってみるが難しい。迫力満点の素晴らしい滝には違いないが、平滑の滝も三条の滝も見る角度が制限され、せっかく滝の色々な表情を見ることが出来ないのは少々残念である。
三条の滝
またまた負けた〜!
三条の滝で今回の尾瀬訪問は概ね終了、後は御池の駐車場までゆっくり安全に戻るだけである。
甘く見たわけでは決してないのだが、下山というのに三条の滝からは基本的に登りとなる。燧裏林道との合流点まではかなりハードな登り、その後も基本的に緩やかな登りが続く。
暑さと相まって、疲労がたまり集中力が欠けていくのが自分で分かるぐらい。
ただ幸いなことに横切る沢が何箇所かあり、その度に休憩し涼を取りながら何とか下山を続ける。三条の滝から約3時間、横田代・上田代などの湿原が現れてくる。
キスゲやワタスゲ、ヒメシャクナゲ、トウゲブキ、トキソウ、サワランなどなど、尾瀬ヶ原より質量ともに多いぐらいであった。
ヒメシャクナゲ
トキソウ
田代の花たちが頑張れと声援を送ってくれるが、体がついていかない。
カミさんも、木道を歩いているのに「家が見える」など幻影を見たようなことを口走り、大丈夫かと慌てる。私もサワランの写真を撮ったつもりだったのに、現像してみたら花弁が傷んだ花だったなど、かなりいい加減になっていたのだった。
サワラン 花弁が傷んでいるのも気づかずに
暑さと気力の低下でフラフラ状態になりながら御池の駐車場へ。
しばらく何をする気も起こらなかったが、力を絞り出して檜枝岐村の温泉に直行。
もちろん、即沈してしまったのである。
自然を保つこと、その難しさと大切さ!
何十年ぶりに尾瀬を訪れて、正直来なければ良かったと何度も思った。
それだけ、私の印象に刻まれていた尾瀬とは、かけ離れたものに変わってしまっていたのだ。環境省のお役人も、尾瀬で小屋を営むオヤジさんたちも、なにより尾瀬を愛する多くの人たちも、豊かで美しかった尾瀬の自然を復活させ、守り・維持したいに決まっている。
その対策などは、専門家を含めて検討され実行に移されているのだろう。
短い期間にある程度効果が出る方策を役人たちは摂りたがる。
だが、短期的なその場しのぎの対応に終止していては、根本的な解決には至らない。何千年もの長い時間の中で、定着してきた生態系やそのピラミットを破壊してしまったら取り返しが効かないし、一つの生物(人間)にのみ有利な関係に変えたら大変なことになる。
自然を愛する一人の年寄りとして、保身や自己利益とは無縁の叡智を集め、大切な自然の保全・再生を図って頂きたいと思うばかりである。
オジロワシ歌壇
・ヘルニアの術後も山に在ることに今日の感謝し尾瀬ヶ原ゆく
・湿原に蕾かかげてゆうらりと刻を違えず未草開く
・木道が人家と見える錯覚よ 強き日射しに脳(なずき)あやうし