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天皇寺〜国分寺
白峯神社
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天皇寺堂
こじんまりと纏まったお寺であった。
天皇寺大師堂
天皇寺からはJRの線路沿いを進みその後、綾川の右岸を歩いて行く。
近くのポコ山の桜や新緑のグラデーションが美しい。国分寺は境内の松と建物のコラボレーションが見事である。
国分寺
多くのお寺の松や杉は数百年単位と古くしかも良く手入れされている為、どこも立派でそれだけで風格を漂わせている。
それだけでありがたい気分にさせられる。
ここ国分寺もそういうお寺である。
国分寺境内
国分寺から北へ、五色台の谷筋に向かって入って行き次第に登りになる。
五色台という山地はせいぜい標高400mほどなので、大した事ないだろうと高をくくっていたが結構な登りである。
県道に合流するまでに汗びっしょりになってしまった。
地元の方なのだろう、ゴミ拾いをされているご夫婦に出会った。
さわやかに挨拶して頂き恐縮、丁寧にお礼申し上げた。
五色台、甘く見ないでゆっくり景色を楽しみながら登るのが良いだろう。
五色台からの眺め
県道合流点からはそのまま県道を進む道か十九丁を経て行く遍路道のどちらかを歩くことになる。
私達は舗装道路よりと遍路道を選択したが、この遍路道は根香寺へ行く時も通れるので県道を歩いた方が楽かも知れない。
遍路道は緩やかなアップダウンをくり返えす、道がぬかるんでいてやや歩きにくい。
十九丁から沢を越えるため一旦下り登り返して白峯寺へ。
五色台の白峯山に位置する白峯寺はうっそうとした松や杉の老木、大木に囲まれた静かな厳粛な空気の中に建っていた。
白峯寺
大きく立派な本堂、端正な大師堂、心を込めて御参りした。
白峯寺境内
お腹も空いたが食堂も売店もなく持っていた小さなパンとチーズを分け合う。
再び同じ道を十九丁まで戻り、根香寺へ向かう。
足尾明神近くに食堂があり、うどんを注文し人心地。
思うことは同じらしく続いて何度かお会いしている二人のお遍路さんが入ってきて、しばらく談笑する。
白峯寺から根香寺への遍路道
根香寺は大きな山門から階段が一直線に連なり、広さと長さを感じさせる。
この根香寺は五色台の青峯という所に位置しているのだそうだ。
根香寺山門
本堂の参拝形式が変っていて、回廊になっている。
入り口から回廊に入り本堂正面に回る間、小さな観音様が何万体と並んでいるのだ。
本堂正面で御参りし、再び観音様の並ぶ回廊を回るようになっていた。
根香寺
根香寺からは鬼無を経由して83番一宮寺へ向かう。
下りの車道からは高松市や瀬戸内海に浮かぶ島々、行き交う船などがうららかな春の陽光に広がっていた。
突如、ジェット機の轟音、見上げるとブルーインパルスが編隊を組み高松市方向へ降下しながら旋回している。
聞けば、瀬戸大橋完成20周年記念行事の一環だそうだ。
高松方向の景観
急な遍路道を下り鬼無駅を過ぎてしばらく行くと休憩所があり、小さな女の子二人が走り出てきて「おへんろさんだ、おへんろさんがきたよ〜」とはしゃいでいる。
老夫婦と幼稚園年長と1歳半の女の子が歓迎してくれたこの休憩所、飯田休憩所と言い、しばしお話をしたりお茶や梅干しをご馳走になり写真を撮ってお別れした。
休憩所の女の子
帰り際ご主人から後でゆっくり見て下さいと手渡された3冊の小冊子は、ご主人がお遍路さん達との話をまとめ、編集したもので大変な力作。
こうゆう方々が四国のお遍路文化を支えて下さっているのだと強く感じた。
ありがとうございました。
ここから川を渡り高速道路を潜り進んで行くのだが、とても遠く感じた。
遍路道は民家の軒先やショッピングセンターの売り場の中を通るように設けられていて、方向感覚がおかしくなる。たどり着いた一宮寺は町中にある小さなお寺。
一宮寺
疲れもあり次の予定もあり、申し訳なかったがそそくさと御参りしてお寺を後にした。
次の予定とは、今日はこの一宮寺の近くの温泉施設に泊まろうと計画していたのだが、満室で泊まれず急遽高松市内まで頑張ることになったのだ。
このところ、境目佐野、弥谷寺、そして今日と続けざまに3軒断られている。
これまで無かったことだ、陽気も良くなってお遍路が増えてきたのだろうか、それとも何か他に理由があるのかな?疲れいるが歩かなくては宿には着けない。
一歩一歩歩けばそれだけ進む、停まっていては進まない。
この一歩、次に一歩だ。冗談や軽口をきく気持ちもない、時折お互いを励まし合いながら、ほとんど無口でザックを揺すり上げながら歩く。
終戦後、満州などでは歩いて帰れなければ死ぬ、老人も子供も死にものぐるいで南へ南へ歩いたと聞く。
それに比べれば、何だこの位。
そんなことを考えながら歩いて行く内に、次第に繁華街となり高松市内にたどり着いた。
それにしても、遠かったな〜。お疲れさま!
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