芦別岳本谷と十勝・大雪連山
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芦別岳
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前夜は富良野市山部にある太陽の里キャンプ場で車中泊。
朝4時に目覚めると空は快晴である。
本谷へはユーフレ小屋近くまで旧道コースを辿る。
昨年訪れたのは5/20、その時はユーフレ川沿いには雪は無く、夏道を歩いた。
今年は3月から4月の気温が低かったせいか、北国の山はどこも雪が多く残っている。
芦別岳も同様で、ユーフレ川の両岸には雪が大量に残っている。
昨年とは様変わり、大違いの様相だ。
今年は雪が多く、昨年とは大違い
花も昨年は川沿いにかなりの数が見られたのだが、今年はエゾエンゴサクが僅かに咲いているくらいでイチゲもエンレイソウもまだ堅い蕾である。
一カ所、陽の当たる所でエゾノリュウキンカが花をつけ、目立つ黄色がまぶしい程だった。
エゾノリュウキンカ
夏道が雪で隠れている為、強引に岩をへつったり、無駄な高巻きをしたりと時間と体力を使ってしまう。
白竜の滝は雪解け水を集めて勇壮な勢いで落ち込んでいる。冷たそうな水だ。
ユーフレ小屋への丸木橋は両端が雪に覆われていて渡ることができない、仕方なく降りて徒渉した。
白竜の滝
ユーフレ小屋は雪の中にひっそり立っていた。
昨日泊まったと言う記録がある男性二人組は、すでに出発していて小屋は空だった。
すでに歩き始めて2時間、すでに体力気力ともお疲れ気味、腰を下ろして大休止。
体調がなんだか優れないな〜。
熱いコーヒーと大福で気持ちを立て直した。ユーフレ小屋
小屋から単調な沢沿いを進むと1時間程でゴルジェに出る。
中の通過は大変難しく大高巻きを強いられる所だが、残雪がたっぷりあるこの時期はゴルジェも埋まっており難なく通過出来る。
この辺りから本谷が見通せるようになり正面には芦別岳の姿が見えだした。
先行してもらった単独男性と芦別岳
この辺りで30歳台の単独男性が追いついて来たので先に行ってもらう。
さすがに若いだけあって、私とは歩くテンポが違う、あっという間に距離が離れて行く。
芦別岳 岩稜の右側を巻くように詰めて行く
そしてC800mを過ぎる所に、インゼル(島)と呼ばれる大岩があり、そこでアイゼンを履きピッケルを持った。
本谷は大きく広いU字谷の様相を見せ始め、両サイドからは岩稜やルンゼが落ち込んで来て、独特の景観を造り上げている。
本谷 正面手前の岩が「インゼル」
この本谷、スケールも大きく岩と雪の見せる男性的な風景は美しく見る者を魅了させるが、恐ろしい雪崩の巣でもある。
至る所にデブリが溜まっている。埋め尽くされていると言って過言ではないのだ。
形も大きさも色も様々、真っ白なデブリは表層雪崩か? 底雪崩のものは茶色で土や草もろともだ。ブロック雪崩で落ちて来たものは高さ3m長さ5m幅4mの大きな固まりもある。
本谷を登って行くにはすべてのルンゼと言うルンゼから落ちるこれらデブリを乗り越えて行かなくてはならないのだ。
正直、気持ちが悪い。怖い、耳を澄ませ、目をキョロキョロさせ、周囲の気配を窺いながらの登高である。
デブリに埋め尽くされた本谷
「ド〜ン! ザ〜!」と言う音に振り向けば、100m程下に1〜2mほどの固まりが幾つも転がり落ちている所であった。
あんなのに当たったらひとたまりも無い、身震いが出る。幸い快晴で見通しも利く。本谷は見通しさえ利けばルートは明瞭だ。
一度も地図を見る必要も無かった。高度1100mを越えると傾斜が急になって来た。
もう腰を下ろして休憩する事も出来ない、立ったまま荒い呼吸を整えるだけだ。
ザックを降ろして食べ物や飲み物を出す事も出来ない。
ピッケルのブレードで雪をすくい、口に放り込むのが精一杯だ。
アイゼンを蹴込み、しっかり歯を利かせて一歩一歩進む。
前を見ていると気がつかないが、振り返るとその傾斜の深さに緊張が走る。
先に行ってもらった男性がユーフレ小屋に泊まっていた二人連れに追いついている。
二人組はスキーを背負っているようだ。
私の足で30分は差がついている感じである。
山頂岩峰が近くなって来た、ここを右に回り込みコルへ出る
標高1300mを越えると一段と斜度は増し、真っ直ぐ登るのが難しくなって来る。
真っ直ぐ登るには、ピッケルのピックを四つん這い状態で刺しアイゼンの前爪を蹴り込まなくては登れない。
幸いこの日は前日までとは気圧配置が異なり温かくなったので雪が少し緩み、アイゼンがしっかり利くのでジグを切って登ることができた、その上先行者のトレースを利用出来たのは幸運であった。
雪が緩まずに堅いままだったら、この斜面でさらに大変な苦戦と緊張を強いられた事と思う。
写真で見るよりずっと切り立って感じた本谷の傾斜、正面は十勝・大雪連山
標高1500m地点で正面から「ザ・ザ・ザ〜」と言う音がする。
見ると幅2mで大きさ10cm位の小さな雪の固まりが押し合いへい合いしながら流れ下って来る。
流れ落ちる速度は時速5〜10km位、長さは400mもある。
丁度、小川が流れるような感じで怖くもないが生き物のような感じにも見える。
すぐ傍で休憩を兼ねてしばらく観察したが、不思議なものであった。
これも雪崩と言うのだろうか?急斜面に喘ぎながらしばらく行くと、稜線が見え始めた。
もう少しだ! でもここで滑ったら大変だ、慎重に足場を固めながらジグを切る。
稜線は近い、左へと斜上しながらコルへ出る
傾斜が僅かずつ緩んで来た。とたんに呼吸が楽になる。
平らになった。高度は1620m、コルへ出たのだ。
一面の銀世界、お花畑も雪ノ下だ。
芦別岳の北尾根やポントナシベツ岳などが目に飛び込んで来る。とうとう芦別岳本谷を登り切ったのだ。 やったぞ!!
でも達成感より疲労感の方が強い、「腰を下ろして休みたい!」心から思った。
芦別岳の山頂岩峰には雪は無く夏道が出ていた。
疲れた体を引きずるように標高差100mを頑張る。
元気なときは西側の簡単な岩を攀じるのだが、安全係数をとって山頂直下へ出るルートを選ぶ。
岩を乗り越えると、静かに山頂標識だけが出迎えてくれた。
先行の人達はすでに下山したようだ。ザックを降ろし、岩に腰を下ろす。
疲労し切った身体にに富良野盆地を挟んだ、大雪や十勝の山々の優美な姿が優しい。
山頂からの大雪と十勝の山々
快晴・無風状態の山頂は暖かくパーカーもいらない程だ。
体力・気力を回復し英気を養おうとコーヒーと甘いものを口にする。
動くのも面倒くさい、日溜まりにじっと座っていると眠くなって来て、うつらうつらしてしまった。南にはポントナシベツ岳と夕張岳が指呼の間にあり、存在感を見せつけている。
ポントナシベツ岳(手前)と夕張岳
北西には増毛山地の暑寒別岳や群別岳などが、その南には樺戸の山々も姿を見せている。
樺戸山地(左)と増毛山地の山々
西には羊蹄山や無意根岳や余市岳などの札幌周辺の山々、樽前山や風不死岳などの支笏湖周辺の山々も姿を見せていた。
この感動を一緒に味わってもらおうと、留守番をしているカミさんに電話。
馬鹿話をしているうちに、少し元気が出て来たような気がして来た。
山頂にて
南東方向には日高の山々が長々と横たわっている。
この冬は一度も訪れられなかったけれど、夏には機嫌良く迎えてほしいものだ。
長々と横たわる日高の山々
芦別岳山頂からの印象と言えば、富良野盆地と大雪・十勝の山々だろう。
ぼんやり眺めていると、快晴の空に漂う浮き雲一つ。
なんだか幸せな気分、平和だな〜。
1時間も山頂でのんびり過ごし、すでに午後1時だ。
雪道の新道は初めて3時間近く掛かるだろう、いつまでもゆっくりしていられないと重い腰を上げた。雲峰山まではかなりの斜度がある、用心してアイゼンを履いて下る。
ところが午後になって雪はさらに緩み、所々ズボ〜と腰まで埋まる。
登りもキツかったけれど、腰まで埋まると這い出るのに一苦労。
思わず悪態が口をつく。
お願いだからもう少し締っておくれ!
雲峰山からの芦別岳
雲峰山でつぼ足となり下るが、100m位快調に歩くと突然ズボ〜、ズボ〜。
それでも半面山への下りでは気持ちよく尻滑りを楽しんだ。
半面山とのコルからの景観
半面山付近では岳樺が赤く芽を膨らませやっと春の気配を感じ取っているようだった。
半面山からの芦別岳
半面山を過ぎると次第に樹林帯へ入る。
新道は尾根伝いだからと甘く見ていたのだが、実際は細かい支尾根が結構入り組んでいて判断に迷う。
真剣な地図読みを強いられつつ、時折ズボ〜!の洗礼に合いながら、ようやく新道登山口へ降り立ったのは山頂から3時間が経っていた。
芦別岳のユーフレ沢本谷、念願かなって訪れることができた。
素晴らしい景観と緊張、思い出しただけでもウキウキする。
ただ美しく素晴らしいだけでなく、雪崩や滑落の怖さ、危険と隣り合わせの素晴らしさであった。体調が余り良くなかった事もあり、実行動時間10時間半はキツかった。
もう再び歩ける事は無いかも知れない。
だから今日歩けて幸せだった。嬉しかった。