黒部峡谷 下の廊下 S字峡
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黒部峡谷・下の廊下
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温泉小屋のボランティア・スタッフ田中さんが、奉仕期間を終えてこの日仙人ダムから関西電力のトロッコで宇奈月へ出て群馬へ帰ると言う。
丁度良いと仙人ダムまでご一緒する事にした。温泉小屋からの雲切新道は沢を右岸に渡り、温泉の源泉を通って山腹を登り返して行くようになっている。
登り返しを二人で歩いていると鐘の音が小屋の方から聞こえてきた、見やると親父さんたちが手を振って見送ってくれている。
小さな気配りだけど、嬉しいものだ。手を振り「ありがとう〜」と大声で叫ぶ。田中さんと話をしながら仙人ダムへ下っていく。
山や自然への思い、人生の生き方、結構重い話題なのだが、気さくに思っている事を披露し合いながらの2時間。充実し楽しい一時であった。
黒部に流れ落ちる名もなき滝
空は期待に反し、本曇り。今にも降り出しそうな気配である。
結構急な下りで途中には鎖場や梯子なども出てくる。
さらに下ると、ブナの大木がある樹林帯へ入り、もう一下りで仙人ダムに出る。
仙人ダムのダム湖
仙人ダムで田中さんとはお別れだ。
お別れするダムでは放水が行われていた。
仙人ダム 放水された水が滝のよう
いよいよ黒部峡谷へ足を踏み入れる。
ダムから少し歩くと、吊り橋が架かっていて黒部川の左岸に渡る。
そこから歩道が始まるのかと思っていたら、標高差100m位登ってから歩道は始まるのだった。垂直に切れ落ちた断崖を抉りとったような道が付けられている。
壁に番線が張ってあり、不安ならこれに掴まりながら歩けば良いように整備されている。
岩を削って造られた歩道 下は100m位切れ落ちている
電力開発の為に造られた道と聞くが、今は自然保護に関心を持つ人達が楽しむ道となっている。
今なら絶対反対の声で工事にとりかかる事も叶わないだろうと思うと複雑な気持ちになってくる。
ダムから小1時間も歩くと、青い清流が岩を噛んで白く泡立っているのを遥か下に見下ろす場所にやって来た。
S字峡、半月峡と呼ばれている所らしい。
半月峡
美しいものには刺があると言うけれど、落ちたら一巻の終わりと言う足場も不安定な怖い場所から見るから余計美しく見えるのかも知れない。
高所恐怖症の人は恐ろしくてまともに見れないのでは・・・。
S字峡
まさに素晴らしい峡谷美、息を呑むとはこういうことを言うのだろう。
しかし人間は馬鹿なのか、恐ろしさにも美しさにも慣れて来て感じなくなってくる。
最初は番線を握って恐る恐る歩いていたのに手を離して平気で歩くし、水の流れにも反応しなくなってくる。
道が崖側に僅かに傾斜しているが番線も無い
自分自身へ、緊張! 集中を切らすな! と喝を入れなければならなかった。
今日の目的地、十字峡へやって来た。
十字峡は黒部川に劔沢と棒小屋沢がまさに十字にクロスするように合流している場所だ。
中央を左右に流れているのが黒部川、
上から流れ込むのが棒小屋沢、下から流れ込んでいるのが劔沢
劔沢側に吊り橋が架けられている。
劔沢の轟々たる水量と水音を聞くと吊り橋を渡るのも怖い。
十字峡吊り橋
本流に流れ込む棒小屋沢
この地点から劔沢の上流部に幻の大滝と言われていた、劔大滝が落ちているそうだが、とても私等には行ける所ではないらしい。
劔大滝からの水が奔流してくる
十字峡をたっぷり堪能して、往路を引き返す。
緩みがちになる緊張感を引き締めながら、安全第一で崖の道を歩く。
なにせ誰も歩いていないのだから、助けは期待できないのだ。
緊張して !!
下の廊下を仙人ダムまで往路を戻る。
往路とは違った角度からの景観を楽しみつつ、勿論断崖絶壁の道に注意を払いながらの復路である。仙人ダムに戻り、ダムの管理棟の中を通過して水平歩道を歩くだけかと思ったら案に相違して標高差100m位登ってから水平歩道に出るのであった。
そして大きく下った所が阿曾原温泉小屋、時間は1235だ。
ご主人にトロッコ電車の時間を聞くと最終は1730だと言う。
ここで泊まるかどうか悩む、ご主人は「泊まってくれれば嬉しいけれどアンタの足なら十分届く」と言う。
美味しいお肉のご馳走がフッと頭に浮かび決心する、「頑張ろう!」阿曾原を出て水平歩道まで再び標高差100mほどを登る。
その後は下の廊下と同様の断崖を削って造られた道を行く。
道はほとんど水平なのに川の下流へ進むので黒部川との標高差は大きくなるばかりだ。
水平歩道、大太鼓付近 標高差は100m以上ある
支尾根が幾つも出ているので、リアス式海岸を行くのと同様、直線距離は目の前でもグルリと遠回りをして行かなくてはならない。
まだかな? まだかな? と思って歩く道は遠く感じられる。
話をしながら景色を楽しみながら、こういう道は歩きたい。
お天気は今にも降り出しそうな気配、早く早くと心が急く。
心が急いても、安全第一
やがて谷が崩れ、歩道が埋まっているように見える所にやって来た。
どうしようと近づくと、埋まっている谷の裏側をトンネルで抜けるようになっている。
志合谷トンネルだ。
曲がりくねったトンネルはかなりの長さで、中は真の暗闇。チョッピリ怖い。
谷の崩壊している部分の裏側をトンネルで抜ける 支合谷
支合谷トンネルを抜けると、列車の警笛やアナウンスの声が聞こえるようになり、欅平が近い事がわかる。
だが、まだ幾つもの支尾根を回り込まねばならず結構時間がかかる。
しのげると思ったのに、雨が無情にも降り出した。送電線の鉄塔を2つほど越えた所から尾根を外れ、下りとなり雨の中しばらく頑張ると欅平の駅が見えて来た。
12時間近い行動、さすがに疲れた。
幸い列車には十分余裕があり、駅で着替えをし少しさっぱりして宇奈月へ向かうことができた。
欅平駅 1650の列車に乗ることができた
劔岳再訪の山旅、秋霖前線の影響もあり4日間のうち晴天は僅か1日、他は曇りや雨がちなお天気であった。
それでも劔岳は厳しく険しい表情だけでなく、優しく晴れ晴れとした良い顔も見せてくれた。数十年振りに訪れた劔岳は私の心に刻まれていた通り、堂々とした男、ナイスガイなのであった。
そして初めて訪れた裏劔は、日本離れした静かな佇まいを見せてくれ、私の心を震わせた。
黒部峡谷も天候が今一でその魅力の一部しか見る事は出来なかったように思うが、自然が作り出した造形美を堪能することができた。もう生涯二度と訪れるチャンスは無いと思うが、劔岳は心のアルバムの中でしっかりリニューアルされた。
思い残す事は無い。
ありがとう、劔岳。